2005年03月29日

書評:東京修学旅行ハンドブック

『東京修学旅行ハンドブック―学び・調べ・考えよう』(編集:東京都歴史教育者協議会,出版社:平和文化)

反戦、反体制姿勢が濃厚な教育者たちによる修学旅行ハンドブック。平和主義だが反資本主義的ではない。

薄い本なのに旧石器時代から現代まで扱っているが、半分以上は明治維新以降のネタ。それでも東京という都市の性質がわかってなかなか参考になる。日米安全保障条約と靖国神社に対する敵意が強いのが印象的だった。

驚いた話をいくつか拾っておく。

氷河期の平均気温は現在より7〜8℃低かった。そのころの東京は現在の尾瀬のような気温だったそうだ。氷河期といってもそんな程度なのかと驚く。約6千年前には今より数度気温の高い時代もあったともいう。

そこで考えた。氷が解けたり凍ったりすることで、海の水位が大きく変化するわけだから、人間による温暖化を避けえたとしてもやがて自然に地球が暑くなって東京の大半が水没するのは避けられないことになる。自然に日本沈没。

昭和天皇が戦争継続を望んだという話がでてくる。1945年2月14日、近衛文麿元首相が和平を提案したところ、天皇は「もう一度戦果を挙げてからでないと中々話は難しいと思ふ」(『木戸幸一関係文書』東京大学出版会)とのべたという。その後、日本は東京大空襲を含む多くの空襲、沖縄戦、原子爆弾投下の悲劇にさらされることになる。

にわかに自分の中で天皇の戦争責任論が浮上してきた。戦争は軍部の横暴によって進められたものとの思い込みがあったが、この発言を読む限り天皇の関与は大きそうだ。さて、詳細はどうなのか。

忠犬ハチ公の美談は捏造だったと林秀彦が書いている…。「実はあのハチ公、僕の親父の捏造モノガタリなのだ」「渋谷駅のまん前に焼き鳥屋の屋台があり、ハチ公はいつもこの客が投げ与えるオコボレが目当ての通勤だった」(「父がデッチあげたハチ公伝説」『新潮45』1987年9月号)。そういえば、どこかで聞いたことがあるような気もする。

なぜこの話がこの本に引用されているのかといえば、ハチ公の美談は『修身』の教科書にとりあげられていて、天皇への忠誠心をそだてるために利用されていたからだ。このような美談の捏造もするのが軍事体制なのですよ、という警告のつもりだろう。

軍国主義のことはおいておくとしても、ハチ公が実際に飼い主の上野英三郎博士の送り迎えをしていて博士の死後も続けたなら、それはそれで美談としての意味はあるだろう。問題はどの程度の捏造なのかということだが、詳しいことはこの雑誌を調べなければならないだろう。

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