2005年04月20日

書評:「ゆとり」について―ヨゼフ・ピーパーのレジャー哲学をめぐって

『「ゆとり」について―ヨゼフ・ピーパーのレジャー哲学をめぐって』(編集:松田義幸,著者:渡部昇一,ヨゼフ・ピーパー,稲垣良典,松田義幸,土居健郎 ,出版社:誠文堂新光社)

つい先日の高田馬場のBIG BOXの古書感謝市古本市で購入した一冊。(わざわざでかけてこれ一冊というのはいかがなものか。)

著書『余暇と祝祭』で知られる哲学者のヨゼフ・ピーパーの考えをもとにレジャーはどうあるべきかを論じた論文と対談を収めている。余暇開発センターの研究活動のひとつであるらしい。

レジャーというのは労働の疲れを癒すレクリエーションとは違って、それ自身追求される余暇活動のこと。ピーパーの考えではそれは文化的価値の創造に関係し、また宗教的な祝祭に関係する。功利を目的としない学問、芸術、祝祭と言えばわかりやすいか。

同じ学問でも知るために知るのは自由な学芸であり、なにか成果を期待してなされるのは奴隷的技術と言われる。この考えのオリジンはアリストテレスにある。余暇における最高の活動はコンテンプレーション(コンテンプラチオ、観想)とされているのもアリストテレスと同じ。ピーパーのレジャー論は基本的にアリストテレスのレジャー論を現代によみがえらせたものといっていいだろう。

こうしたピーパーの考えに対して、いろいろな読みが披露される。観想は「もののあわれ」に対応するのではないかとの指摘や、余暇は「ゆとり」といった方が日本語としてわかりやすいとの指摘は面白かった。経済至上主義、労働至上主義に毒されている現代日本人はかつての日本的文芸の精神を今一度思い出すのがいいようだ。

現代の労働中心の社会はカントの認識論や道徳観から発しているとの指摘もあったが、こちらはどうか。ごくふつうにカルヴァンのプロテスタント思想でいいように思うが。本書とは関係ないが、よく西洋の近代合理主義に与えたデカルト思想の影響とかを書いてあるのを見るが、私にはあれがピンと来ない。そんなに哲学思想は一般社会に影響を与えるものなのだろうか。証拠はあるのか? どうもこじつけのような気がしてならない。

私はこの手の話題に関心があるので面白く読んだが、一般的には完全スルーの著書だと思う。お勧めしたとしても、この本は入手困難なので読む機会はあまりないかもしれない。

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