2005年04月23日

書評:独学のすすめ

『独学のすすめ』(著者:加藤秀俊 ,出版社:文春文庫)

 社会学者、加藤秀俊による勉強することに関するエッセイ集。サブタイトルは「現代教育考」。

 あとがきを見ると1975年となっている。30年前のお話だが、古さは感じない。それは昔も今も大学をめぐる状況に大きな変化がないからだ。加藤氏は当時の大学が就職のための手段になっていることを嘆いている。学生がただ就職のために大学に入学し、勉強の意欲が低いことは進学率が増加して以降、数十年ずっと変わらないようだ。

 加藤氏は純粋に学問を求めるべきだという。学問研究には学校すら必要ではないともいう。図書館に本があるのだから独学でいいのだと独学に本来の学問的楽しみを見出すようにすすめている。大学は大衆化したが、学問は大衆化していない。そのことが不満なのだ。

 加藤氏はレジャー学、生涯学習について関心の深い人なので、この主張は当然のことだが、たいがいの人はそんなことは関心がないのも事実。氏はとりわけ大学入学者の受身の姿勢が気に入らないようで、日本の大学の現状に嫌気がさして、大学の職を辞してしまったそうだ。

 また教育が生き方に及ぼす影響にも言及していて、教科書に現われる達成イメージの多寡が子どものやる気と関連があるとの研究を紹介している。「教育というものの基本的な目的と意味は、ひとりひとりの個人に、人生に対する生きる意欲をつちかうことにある」との指摘は重要だ。文部科学省もこんなことを最近言っていたと思う。

 かつて歴史上の人物が教科書にたくさんとりあげられていたのはこの達成イメージの提示であり、生き方のモデルの提示でもあった。国民的英雄物語は国家的な理想の提示であり、どう生きるべきかの模範でもあった。それが時代の変化とともにだんだんと減ってきて、子どもたちに提示されるのは、マンガの主人公などであり、たとえば不良グループのリーダーや、暴力的な英雄になってしまった。それが若者の生き方の方向性を相対的に弱め、混乱させ、生きがいの喪失につながっていると指摘する。

 たしかにそういう面もあるだろう。今、教科書にはイチローとか高橋尚子とかスポーツ選手が多いのではないだろうか。政治的イデオロギー的には無色で、ただ頑張って金メダルを獲りました、アメリカで成功しましたという事例では生き方のモデルとしての魅力に乏しい。少なくとも私が子どもであれば見向きもしない題材だ。

 脱イデオロギーは紙幣にも及んでいる。紙幣の肖像が夏目漱石や樋口一葉というのもどうかと思う。漱石は文豪であっても、夫婦仲が悪く、胃病持ちで40代で早世した。一葉は貧乏の中での若死に。イデオロギー的に無色な人間を選ぼうとすると、熱くなれないタイプの人間が残ってしまうのだろう。この人選では生きる意欲がしぼむのではないか。練炭自殺者が増えるのも仕方なしか。

 どんな生き方を理想とし、生きる意欲を刺激すべきか。価値観の多様化の時代において脱イデオロギー的人選をしようとすれば簡単に答えが出ないのは当然だ。今後もあたりさわりのない人物が教科書に紙幣に登場することだろう。それもやむなしと思ってしまうのがまたさみしいのだが。

 後半はコラムになってしまった…。本書は気楽に読める知的エッセイなので、暇つぶしにどうぞ。

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