タイトル一覧

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2004年09月30日

書評:少年の日々/イジス

『イジス写真集2 少年の日々』(トレヴィル/リブロポート)

990db978.jpg昨日の「過ぎ去りし日の恋人たち」の続編だ。

タイトルが示すように子どもの写真が多く収められている。あまり裕福ではない地域の子どもの様子が生き生きと捉えられている。犬、サーカス、ピエロ、老人など被写体は多岐にわたっているが、どれも子どもたちの写真と違和感なく溶け込んでいる。

photo by IZIS

場所はほとんどがパリのようだが、一部イスラエルの写真も混じっている。解説はないのだが、他の写真集で調べてみた。

「過ぎ去りし日の恋人たち」に比べると、こちらの方がいい写真が多い。懐かしく、楽しく、ちょっと悲しげなところもよい。入手するチャンスがあればこの「少年の日々」を選びたい。

イジスはいい写真家だ。それなのに日本ではあまり知られていない。写真集もほとんど出ていないのではないか。私としては、ブレッソンよりもドアノーよりもアーウィットよりも推したい気分だ。それなのに人気がないのはおそらく記憶に残るようなインパクトのある名作がないからだろう。

言ってはなんだが、ドアノーなんかは「市役所前のキス」だけではないのか。私はドアノー展で購入したメリーゴーラウンドのポスターを部屋に貼っているが、一般的にはあのキス写真の方がはるかに知られている。写真家の名前は知らなくてもあの写真なら見たことがある人は多いはずだ。イジスにはそういう名作がない。

しかし、イジスはいい。
  

2004年09月29日

書評:過ぎ去りし日の恋人たち/イジス

『イジス写真集1 過ぎ去りし日の恋人たち』(トレヴィル/リブロポート)

ロニスの写真集を読んだ日(つまりクラインの写真展でがっかりした日)にイジス(IZIS)の写真集も2冊読んでいたので簡単な報告を。(写真集も「読む」っていうのか?)

イジス(1911-1980)はリトアニア生まれのユダヤ人で19歳でパリへ移住している。本名はイスラエル・ビーデルマン。「イジス」はユダヤ人にはきびしすぎた時代を生きるための偽名だ。

小さい体裁の写真集だ。集められた写真はタイトル通りパリの恋人たちが多い。写真の登場人物たちはモノクロの柔らかいトーンの中で安らいでいるようだ。ちょっと前に流行した「いやし系」といったところ。

おそらく若い女性に売ろうと企画されたのだろう。甘ったるくおセンチな印象の写真ばかりなので不満が残る。イジスがどういう写真家か知るよりもオシャレな写真を楽しみたい人向けだ。

この写真集は絶版で古本を入手するしかない。それならいっそのこと洋書を購入するのもいいかもしれない。

a8ba9452.jpgちなみにイジスの写真で私が一番好きなのは、パリの花売り母子の写真。タイトルは何というのだろう。この写真集2に含まれているが、どういうわけかサイズが小さかった。この写真のポスターかポストカードが欲しい。


photo by IZIS
  

2004年09月28日

書評:ビジュアル美術館 ポスト印象派

02ac9127.jpegビジュアル美術館 (第9巻) ポスト印象派』(コリン・ウィギンズ、同朋舎出版)を読了。

かつては後期印象派と呼ばれていたが、最近はポスト印象派と呼ぶらしい。後期印象派では印象派の中に前期と後期があるかのような誤解を与えてしまう。その誤訳が長いこと通用していたことが不思議だ。ポストを日本語訳すると「後世代」となるが、カタカナの方がスマートかもしれない。

本書ではセザンヌ、ゴッホ、ゴーギャン、スーラ、ロートレック、ムンクなどの画家やナビ派などのグループ、印象派にはなかった主題など多数のテーマがとりあげられている。図版が多く、解説も簡潔で読みやすい。印象派は知っているけど、その後の絵画の流れがちょっとわからない、という人には最適だろう。

印象派はグループというよりも絵画の手法と考えた方がいい。ルノワールやモネなどの印象派の画家が本書にポスト印象派として登場してきても驚くにはあたらない。彼らも印象派の手法からさらに先に進むことでポスト印象派でもあったのだ。

ちなみに印象派の「印象」はモネの絵のタイトルに由来するもので、印象派の手法と印象という言葉は本来合致しない。印象派は太陽の光に照らされた事物がどのように見えるのか、その光の効果を研究し、屋外で素早く画布に写しとった。鮮やかな色を再現するためにパレットで色を混ぜずに画布の上に原色のままに配置して鑑賞者の脳内で色を合成しようとした。少なくともそのことを知った上で読む必要はある。

このシリーズは面白そうなので他のも読む予定だ。

左上の絵はゴッホの「夕方のカフェテラス(アルルのフォラン広場)」
  

2004年09月27日

書評:ワークシェアリングがやってくる!

ワークシェアリングがやってくる!』(別冊宝島編集部編、宝島新書)を読了。

ワークシェアリング関係はこれで3冊目か。

本書はいろいろな立場の人へのインタビューで構成されている。その所属団体をあげると、オランダ調査団、オランダ大使館、フォルクスワーゲン・ジャパン、テンプスタッフ、日野自動車、三洋電機、日経連、厚生労働省、連合、社会経済生産性本部など。

やはり立場によって視点が違うし、すでに実現させている人は楽観的、そうでない人は慎重という違いもある。

私が見るところ、日本で実現する上での問題点は、日本の生活コストの高さ、社会全体での取り組みの不足にあるようだ。

日本は生活コストが高いのでワークシェアリングで賃金が下がった場合、多くの労働者が生活ができなくなってしまう恐れがある。それをどう補っていくのか。会社都合で休業する場合、賃金の6割を補償しなければならないと労働基準法で定められているが、これを国が援助できるのか。

また社会全体が新しい仕事の形態にあわせられるように一斉に変えていけるのか。ワークシェアリングに取り組んだ会社だけが不利にならないようにする必要がある。

サービス残業や労働組合の弱さなど他にもいろいろ問題はあるのだが、せんじつめればこのふたつに集約されそうだ。

ところで、なぜ私はこの問題に関心があるのか?

それはワークシェアリングの類型の一つである多様就業対応型が実現して短時間勤務が選べるようになって欲しいと思っているからだ。

そうなればこの半分遊民生活を今後も続けることが容易になる。今の生活はあまりに不安定で来年はどうなっているのかわからないのだ。
  

2004年09月26日

ウイリー・ロニスの言葉 その3

85c3e57e.jpeg「視線と呼ばれるものは生まれつき持っているもので、より良く動くカメラで撮れば直ぐに明らかにされる。
写真家は最初のイメージの中に、自身のパーソナリティが全て含まれていることを晩年になって気づく。妙なことだが上達していないことを再認識するのだ。」ウイリー・ロニス

photo by Willy Ronis

ここで言われている「視線」とは写真のセンスくらいの意味だろう。それが生まれつきかどうかはともかく、私もやはり自分の写真が上達していないことを強く感じる。

写真をはじめてそれほど年数がたったわけではないが、いろいろと知識も得たし、技術も習得した。しかし、初心者の頃と比べていい写真が撮れるようになったとは言えない。多少、歩留まりがよくなった程度だろう。センスに進歩はないということだろうか。

ロニスをしてそう言わしめるのだから、落胆よりも慰められる言葉だ‥と言ってのいいのだろうか?
  

2004年09月25日

ウイリー・ロニスの言葉 その2

6d6cb2a7.jpeg昨日のロニスの言葉の続き。

「写真家はフォルムを気にするが、黄金分割の定式でファインダーを見るわけではない。
直感によって構成し、感覚によって導く。
提示されたイメージは心で抑揚づけられた幾何学である。」ウイリー・ロニス


photo by Willy Ronis

黄金分割は絵画だけではなく、写真にも影響を与えた。絵画出身のブレッソンの写真は黄金分割による構図が多いのではないだろうか。しかし、それだけでは安定しすぎて、窮屈な印象を与える。黄金分割を知りながら、そこから自由になる。それができたら黄金分割のことは忘れてもかまわない。などと十牛図のようなことを言ってみる。

ご覧のように今日からblogを導入した。しばらく実験を続けて問題がなければモノローグだけはblogということにするつもりだ。

なお、過去のモノローグの記事はこちらを参照。

何必館の図録は市販されていないので写真集を入手されてはいかが? Willy Ronis: C'est La Vie