タイトル一覧

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2005年05月31日

書評:百年前の日本 〔普及版〕 モース・コレクション写真編

『百年前の日本 〔普及版〕 モース・コレクション写真編』(編集:小西四郎,岡秀行,出版社:小学館)


明治のお雇い外国人であり大森貝塚の発見者であるE.S.モースがコレクションした明治の日本の写真集。これらの写真はモースが持ち帰り、アメリカ合衆国のマサチューセッツ州のセイラムにあるピーボディー博物館に100年間保存されていたものだ。100年前の写真であるのに画質はよい。彩色されているものも多くあり、色つきで見る明治は不思議の感がある。

東京の都心、郊外、地方、近代的な建築物、藁葺きの家、農民、職人、商人、子ども、遊女などじつにさまざまな被写体が撮られている。都心の一部以外はまだまだ江戸時代のままの古い日本であったようだ。近代的なものはほとんど見当たらない。それがかえって江戸の生活を伝える写真として貴重である。

当時は写真が露光するには時間がかかったし、機材も大きい。スナップなどという手法は存在しなかった。大きなカメラの前に被写体を集め、ポーズをとらせるなどの演出がなされている。本来室内でやる作業も外でやらせている。これはしかたないところ。しかし、自然な表情で笑う子どもの写真などもあり、それなりに臨場感を伝えているのに驚かされた。

浮世絵に描かれた江戸や明治の東京をリアルな写真で見る面白さ。写真の記録性はやはりすごい。おすすめの一冊。

モース、明治、子守、morse_meiji.jpg
モースコレクションより「子守」

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2005年05月29日

湯島の猫

2002-02-23-001.jpg、湯島の猫
photo by Cozy

2002年の湯島。

湯島天神に向かう途中での一枚。歓楽街は眠っている。店を開ける前の準備もまだ始まっていない。水商売のお店で働く男性が猫を相手に遊んでいた。
  

2005年05月27日

書評:新東京百景 木版画集/恩地孝四郎 他

asakusa.jpg『新東京百景 木版画集』(著者:恩地孝四郎 他,出版社:平凡社)

恩地孝四郎、諏訪兼紀、平塚運一、川上澄夫、深沢索一、藤森靜雄、逸見享、前川千帆の8人の版画家による版画集。

限定330冊。定価12,600円。32cmX33cmのサイズ。ずっしり重い。現在、中古でなければ購入はできない。

(書籍画像なし)
「浅草六区」 by 諏訪兼紀

大正12年の関東大震災により東京は壊滅的な被害を受けた。政府は帝都復興院(後に復興局)を設置し「帝都復興事業」を推進した。これにより東京風景は一変した。江戸情緒の残り町並みは消え、近代建築のビル、整然とした街並み、ネオンサインの繁華街、公園、鉄の橋でできた近代都市東京が生まれた。もっともこれも東京大空襲で消え去るのだが。

昭和3年に東京風景をテーマに上記の8人がグループ展を行なったのをきっかけに、会員向け限定頒布の木版画「新東京風景」として、昭和4年から7年にかけて50部限定で発行されたのが最初の出版だ。私が読んだ平凡社のものは後半に戸板康二の文、桑原甲子雄、師岡宏次の写真で東京風景についてのコラムがついていた。

版画はざっくりとした線で描かれているものが多い。大胆な省略とあまり技巧を要しないベタな色塗り。子どもの版画のように稚拙にも見える。表現的にははやや物足りない。

とはいえ、諏訪兼紀の「浅草六区」、川上澄夫の「銀座」など印象深い作品も含まれていて、けっしてつまらない版画集ではない。昔の風景はこうだったのかと驚く版画も多い。たとえば、明治神宮の表参道はかつてはビルなどのない森の中のだだっぴろい道路にすぎなかった。まさに隔世の感がある。

自分は江戸から東京の版画、写真に関心があるので、この版画集は一度は見ておくべきものだった。昭和の初期にこうした版画が作られていた事実も含めて興味深い作品集だ。

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2005年05月26日

書評:ちくま日本文学全集 永井荷風

『ちくま日本文学全集 永井荷風』(著者:永井荷風,出版社:ちくま書房)


収録作品は以下の通り。

+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+
あめりか物語「林間」「落葉」
ふらんす物語「ローン河〈が〉のほとり」「秋のちまた」
すみだ川
西遊日誌抄
日和下駄
墨東綺譚
花火
断腸亭日乗より
+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+

「日和下駄」「墨東綺譚」は読んだことがあるので、今回は読まなかった。

荷風は小説よりも日記の方が面白いという評をよく見かけるが、たしかにそうかもしれない。「あめりか物語」と「ふらんす物語」よりも同時期の日記から抜粋した「西遊日誌抄」の方が赤裸々で面白い。

荷風はワシントンの日本公使館での臨時雇いを終えた後、父親の斡旋でニューヨークの銀行に勤めることになる。昼間の銀行での労働を嫌悪し、夜はオペラやクラシックのコンサートを楽しむ生活が続く。将来は芸術で身を立てることができるだろうかと不安と希望を語り、フランス行きを渇望し、自分をアメリカにとどめている父親の無理解(というか荷風のわがままなのだが)について愚痴る。

同時に娼婦との恋愛が進行する。女が荷風と一緒に暮らしたがっているのは、その悲惨な生活から抜け出せるのではという期待があるからかもしれない。しかし、荷風は冷たい。一時は情にほだされもするが、フランス行きが決ってからはもう女のことは捨てるつもりでいる。

お金持ちのディレッタントの労働嫌い。遊び好きで冷酷。荷風のありのままの姿が日記上に展開する。

「すみだ川」はつまらない小説だ。下層階級の生活を活写している点で興味はひくけれど、ストーリーはこれから面白くなりそうな場面で終わってしまう。主人公に荷風の心情を託している部分もあるだろうが、とくに深さもない。

「花火」では、自分がかつて体験した祭日の記憶をたぐる。国が祭日の行事を通して愛国心を醸成していた様子が描かれたり、(大正天皇)即位式祝賀会における芸者たちへの集団暴行事件が描かれる。帝国主義時代の雰囲気と日本人の民度の低さが印象的だ。まとまりのない話だが、当時の世相の一端を垣間見ることができる。

「断腸亭日乗」は終戦前後の記録を抜粋。おぼっちゃまで泰然と生きていた荷風もまたこの時期は苦労したようだ。「重ねて郵書を法隆寺村なる島中氏に寄す、漂泊の身もしかの地に至ることもあらばその人の厄介にならむ下心あればなり、余も今は心賤しき者になりぬ」。

終戦の日までの数日を谷崎潤一郎に厄介になっていたことが書かれているが、どうやら谷崎は疎開先でもいい暮らしをしていたようだ。

本書は長い作品からの抜粋が多いので、荷風の作品をつまみ食いできる。入門用には最適ではないだろうか。

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2005年05月25日

池上の猫

2002-02-20-0011.jpg
photo by Cozy

2002年の池上。

池上本門寺の階段の脇でひと眠り中の猫。今日、大田記念美術館で広重の風景画を見てきたばかり。その中に池上の絵があった。昔もこんな光景があったのだろうな。
  

2005年05月24日

書評:陸奥宗光とその時代/岡崎久彦

『陸奥宗光とその時代』(著者:岡崎久彦,出版社:PHP研究所)

陸奥宗光の父親は紀州藩の要職にあった伊達宗弘だ。宗弘は藩内の権力闘争に敗れ、失脚し、家禄を取り上げられる。そのせいで宗光少年は正規の武士の教育を受けられず、武を捨てて文のみで生きていく決心をしたようだ。

陸奥は勝海舟に出会い、開花論に目覚め、幕府の海軍操練所に入り、次に坂本竜馬の海援隊に入る。

維新後は外国事務局御用掛、兵庫・神奈川県等知事、大蔵省租税頭になるが、政府への不満から辞任。元老院議官として復帰するが、薩長藩閥の政府では十分に力が発揮できない。西南戦争の際には薩摩に協力的だったとして逮捕、5年間投獄される。出獄後はヨーロッパを3年間留学する。帰国後外務省入省。

このあたりから陸奥はかつて伊藤博文との信頼関係と思想的な一致により次々と大きな仕事を成し遂げていく。とりわけ重要な仕事は不平等条約の改正(関税自主権)と日清戦争での勝利だ。その過程での陸奥の思考と行動が見事である。

このようなすぐれた人物が外交官にいて、さらに伊藤のような人物が総理大臣にいたからこそ、日本は西欧列強による植民地支配を逃れることができ、国内体制を充実させることができた。というのが、本書のメインストーリーだが、現在の平和主義からすれば、日本を帝国主義に導いた悪いやつという見方もできるかもしれない。しかし、過去の歴史を現在の価値観から裁いてはいけないとは著者の言葉でもある。その当時の価値観と世界の状況の中にあって人々は行動したことを想像力をもって補足しなければならないだろう。

もし近代国家を目指し、列強と肩を並べることをしなかったら、どうなっていたか。ただでさえ関税の不平等を強いられていた日本は膨大な富を海外に流出させていたのだ。さらに不当な条件での国交を強いられ、列強に蹂躙される悲惨な後進国であり続けた可能性が高い。

著者の岡崎氏は元外務省の外交官であるだけに、明治維新から日清戦争の外交に焦点を当てながら、国益の観点から評価している。客観的な記述と公平な視点と冷静な態度で一貫しているので読みやすい。また該博な知識により肉付けがされていて本筋とは離れた部分でも読ませてくれる。

著者によるこのシリーズ(全5冊)は複数の学者の協力により内容的な検討がしっかりとなされているという。その点でも安心して読める。

今までは司馬遼太郎の小説で歴史を知ることが多かったが、やはりこのような事実を積み重ねた歴史書はよみごたえがあって、読後に充実感がある。感動よりも知識を求めるならやはり歴史書か。おすすめ。

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下北沢駅風景

2002-02-16-003.jpg
photo by Cozy

PENTAX MZ-3、FA43F1.9Limited

2002年の下北沢。

下北沢の駅はなかなか雰囲気がある。この写真に写っている部分は普通だけど、駅構内に古びたところが残っていてなかなか味わいがある。

それにしても低速シャッターで人を撮ると面白い。

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2005年05月22日

書評:日本経済「暗黙」の共謀者/森永卓郎

『日本経済「暗黙」の共謀者』(著者:森永卓郎,出版社:講談社プラスアルファ新書)

政府が主導しているアメリカ型の資本主義社会が実現すれば所得格差はさらに広がる。この傾向を意図的に拡大している人たちがいる。それは経済強者だ。企業経営者、マスコミ、御用学者たちだ。彼らは構造改革の号令の元にアメリカ型の資本主義を導入しようとしている。それとともに意図的にデフレを継続させている。

デフレのおいては現金を持っているやつが強い。現金の価値がより高まるからだ。彼らは強い現金で安くなった株や不動産を買い占め、インフレ路線に転換することでその資産価値を増大させることができる。

経営者は長引くデフレの中で多くの社員をリストラで解雇して、低賃金のパート労働者を多く作り出して、経営しやすい状況を手に入れた。

御用学者は人間を経済的な勝ち組負け組みに分ける価値観を植えつけ、勝ち組になるための本を売り、講演会を開いて、稼ぎまくった。マスコミは高収入で安定した仕事を持っている自分たちにプラスであるデフレをよいことのように言い立てる。

こうした暗黙の共謀者の策略により、デフレが続き、彼らの相対的な所得は増えた。やがて海外の安い労働力が日本に流入して、日本人の底辺労働者とともに低賃金労働市場が形成され、経済強者は安い労働者をドライバーやメイドとして雇うことができるようになるだろう。結果的に彼らが夢見るアメリカの成功者のような生活に多少なりとも近づくことができるのだ。

さらに恐ろしいのはアメリカの投資家たちだ。都内の不動産やゴルフ場を買いあさり、不良債権を安く買いあさる。経営破たんした企業もがアメリカの資本が買いまくっている。彼らが買った物件はインフレにもどれば大きな利益を生みだす。

青い目の企業経営者が日本人を酷使して利益を上げる状況はすでに生まれつつある。筆者である森永氏はこのことを黙っていられないとこの本を書いたそうだ。

しかし、彼の考えではアメリカ型資本主義=格差社会への流れは変えられないという。そこで提示されるのが例の300万円時代を力を抜いて楽しく生きましょう論だ。

どこまで意図的に行なわれたのかは定かではないが結果的に強者がますます強くなる社会の流れがあることは間違いない。森永氏も言うように、アメリカ型の資本主義よりもヨーロッパ型の資本主義を見習うべきだろうし、ワークシェアリングの導入こそがよい社会を作る方法であろうと思う。

しかし、多くの日本人は自分もまた勝ち組になるだろうと甘い期待を抱いて現状を変革しようとは思わない。

本書は経済に詳しくない人でも面白く読める。無味乾燥な経済学の入門書のようなものよりもとっつきやすいのでおすすめ。規制緩和した日本がどこに向かおうとしているのかが見えてくる。そして、アメリカ型資本主義がいいことであるとの思い込みを正してくれるのではないだろうか。

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青山の小学生

2002-02-02-001.jpg
photo by Cozy

PENTAX MZ-3、FA35mmF2.0?

2002年の青山。

黄色い帽子をかぶり、ランドセルに黄色いカバーをつけた小学生がふたり並んでいるのが可愛かった。

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2005年05月19日

湯島天神と赤いマフラー

湯島天神,2002-01-25-002.jpg
photo by Cozy

PENTAX MZ-3、FA35mmF2.0

2002年の湯島天神。

全体にモノトーンが多い場面に、赤いマフラー赤いチェックのスカート、ルーズソックスの女子高生がいるのが目立っていた。

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2005年05月18日

書評:知って安心 男の更年期/横山博美

『知って安心 男の更年期』(著者:横山博美,出版社:講談社)

男の更年期には精神的な原因で起こるミッドライフ・クライシスと肉体的な原因で起こる本来の更年期の二種類がある。この本でおもに扱っているのは後者の肉体的な更年期。その二大原因は男性ホルモンの低下と前立腺肥大だという。

その症状の現われ方と治療法の解説が本書のメインだ。男性ホルモンの投与、漢方療法、前立腺への温熱療法などをおこなえば治ると言う。だから、いろいろ不調を感じることがあっても悲観することはない。

一般向けの医学書なので当然だが、本書では、仕事でも性においてもバリバリ元気であることをよしとしている。しかし、私は別のことを考えてしまった。

いい年になっているのにバイアグラを使ってまで性生活を元気にしなくてもいいんじゃないだろうか。仕事ばかりの生活を反省し、競争社会から身を引くのも悪くない選択だ。性格から猛々しさが消えて、性的な面でも枯れていくのも、人生の後半にふさわしいのではないだろうか。

インド思想のヴェーダには人生を4つに分ける四住期という考えがある。勉学の「学生期」、家族を養う「家長期」を経て、家を離れて森林の中で瞑想修行をする「林住期」、最後は死に場所を求め、放浪と巡礼の旅に出る「遊行期」となる。

むろんこれは宗教思想であるが、人間が肉体的に枯れるのは本来の姿なのだから、それに素直に従っていく生き方も視野に入れた治療もあるのではないだろうか。「私はつらい症状だけを治してもらえば十分です、あとは受け入れて枯れて行きます」と患者がいい。医者も患者を穏やかな隠居生活へと送り出す。

医学にもイデオロギーがある。治療方針にもイデオロギーがあるというべきか。当然、人生観に応じた治療プログラムがあってもいいはずだ。上記のような患者と医師のやり取りが一件でも紹介されていたら、それもまた楽しかっただろう。

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2005年05月17日

柴又帝釈天で

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photo by Cozy

CONTAX RX、Sonner85mmF2.8

2002年の柴又帝釈天。

寅さんでおなじみのあのお寺だ。本来の名前は経栄山題経寺(きょうえいざんだいきょうじ)。帝釈天というのは神様の名前なのだが、こちらのほうが有名になってしまった。

帝釈天の参道に「とら屋」という店があるが、あれは映画がヒットしたので劇中の店名をつけて売上げ増をねらったお店だ。行くなら高木屋本舗。こちらが本来のとら屋のモデルだ。

松竹側とこのとら屋との間には屋号を変えるの変えないのとのトラブルが発生したらしい。結局、映画では途中から「くるま屋」に名称変更をしている。

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2005年05月15日

美術展:ゴッホ展

ゴッホ 糸杉と星の見える道東京国立近代美術館でやっているゴッホ展を見た。

年代順に各時期ごとの展示がされていて、ゴッホの絵の変化がわかるようになっている。また、ゴッホが影響を受けたものがいろいろと展示してあった。浮世絵をはじめとする他の絵画。愛読したキリスト教関連本や自然主義文学の小説本。構図や画題について影響を受けた絵、本の挿絵などもあった。
ゴッホ『糸杉と星の見える道』

ゴッホ以外の絵が多いのも特徴か。逆に言うとゴッホの絵が少ない。正直、これは不満だった。見たかった絵の多くが来ていなかった。とくに晩年の絵に期待したが、あまりに少ない。「ひまわり」もない(東京会場では展示しないらしい)。

こちらの気分が乗っていなかったせいもあるのかもしれないが、あまり感動はなかった。ゴッホというとアルルの強烈な日差しを描いたとよく言われるが、テレビで見るような輝きはない。以前、東郷美術館で「ひまわり」を見たときに、意外と地味でくすんでいるように見えたが、同じ印象だ。テレビのようにそれ自身が発光するものと実際の絵画の反射光での鑑賞では印象が変わってしまうのが大きな理由だろう。

一番よかったのは「糸杉と星の見える道」。これにはとてつもないパワーを感じた。

私はゴッホの絵は好きじゃないのだろうか。その生涯には関心はあるが、もともと好きな画家ではなかった…。今回は晩年の絵が少なかったので落胆したというのもある。

今回のゴッホ展はあまり期待しないで見に行かれた方がいいと思う。

東京国立近代美術館
5月22日(日)まで(会期中無休)
  

2005年05月12日

きっと名前のない猫である

2001-04-01-001.jpg
photo by Cozy

PENTAX Z-1、FA77mmF1.8Limited

2001年の猫写真。まわりに自然がいっぱいあるような雰囲気だけど、じつはそうでもない。
戸越公園近くにある国文学研究資料館の敷地内での撮影だ。
  

2005年05月11日

書評:日和下駄/永井荷風

『日和下駄―一名東京散策記』(著者:永井荷風,出版社:講談社文芸文庫)

上には講談社文芸文庫へのリンクを張ってあるが、私は1993年発行の『荷風全集第11巻』で読んだ。

表通りの近代化、偽の西洋風の街並みへの変貌を嫌っていた永井荷風はさびれた路地へ入り、空地や崖を鑑賞し、風情のある橋上で佇む。洋行帰りであることがかえって、荷風の心に消え行く日本さへの激しい憧れを呼び起こすようだ。

金のかからない暇つぶしとして散歩を選んだ荷風は歩きながら近代への批判を強め、日本の風景に対する愛着を確認していたようだ。このエッセイをつらぬく感情はそこにある。とりわけ醜く変貌していく日本の近代的風景への皮肉な視線が印象深い。

底辺の人々への共感もあるかのように見えるが、同時にそこには冷ややかな視線もある。金持ちの放蕩息子が貧乏人の生活を高みから鑑賞するような描写が気になった。

荷風という人は別に人格者でもないし、社会の理想を声高に語るわけでもない。その社会観は退歩的であり(本人は退歩的じゃないと書いている)、女性への視線は差別的だとの批判もある。貧乏な下層民への視線も共感的というよりもおのれの趣味を満足させるだけの高みの見物ではないかという批判もまぬがれないだろう。しかし、そういうほめられたものではない面もふくめて、この変人の面白さに共感できるかどうかが荷風を好きになれるかどうかの分かれ目だ。

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2005年05月10日

片目の黒猫とその子ども

2000-08-00-001.jpg
photo by Cozy

2000年の猫写真。

じめじめして汚い感じの場所だけど、この親子にとっては落ち着ける我が家なのかもしれない。
  

2005年05月08日

書評:江戸芸術論/永井荷風

『江戸芸術論』(著者:永井荷風,出版社:岩波文庫)

タイトルは江戸芸術論となっているが、その中心は永井荷風のさびしさと果敢なさの美学が充満した浮世絵論にある。とりわけ冒頭の「浮世絵の鑑賞」「鈴木春信の錦絵」のふたつにすべてがあらわれている。

「浮世絵は余をして実に渾然たる夢想の世界に遊ばしむ。浮世絵は外人の賞するが如くただに美術としての価値のみに留まらず、余に対しては実に宗教の如き精神的慰藉を感ぜしむるなり。」

いかに荷風がその浮世絵世界に魅惑されたか。そこに共感を感じなければこの本はまったくつまらない。できれば鈴木春信の美人画、北斎と広重の風景画に対する興味くらいは持っていた方がいい。荷風は特にこの三者を賛美しているからだ。加えて墨東綺譚への共感があればさらに楽しい読書となるだろう。荷風の美意識の根底に古い日本への憧れがあることがわかってくる。

明治維新において浮世絵は日本政府および大多数の日本人に省みられることのなかった恥ずべき文化だった。浮世絵は多数が海外に流出し、外国の美術家や好事家に愛好され、そこで研究の対象となる。

明治の日本人の意識が急速な文明化にばかり向き、かつそれが旧日本文化への侮蔑と裏腹であったことを思えば、浮世絵の悲しい歴史への共感もまた深まるというものだ。そういう歴史的観点もふまえてこの作品は読まれるべきだろう。

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2005年05月07日

写真展:ウナセラ・ディ・トーキョー 残像の東京物語

世田谷美術館でやっている『ウナセラ・ディ・トーキョー ANOHI ANOTOKIO − 残像の東京物語 1935〜1992』を見てきた。

7人の写真家よる東京をテーマにした800枚の写真の大展示。その7人とは、荒木経惟、桑原甲子雄、高梨豊、濱谷浩、平嶋彰彦、宮本隆司、師岡宏次。

師岡宏次
photo by 師岡宏次(これは写真集の表紙。同じ写真が展示されている)

一番面白かったのは師岡宏次。引き気味の構図で戦前の街並みを写したものが多い。銀座の写真が多くてモダンな印象の東京を捉えていた。街中の看板、今でもあるお店もちらほら、和服洋服の入り乱れた風俗も興味深い。クリスマスは戦後になって広まったのかと思っていたが、戦前にもクリスマスで浮かれるサラリーマンがいたことが判明。

東京大空襲の惨状に目を見張る。廃墟の銀座を歩く人々。復興。写真は歴史の証言者であることをあらためて感じた。


桑原甲子雄の作品も多かった。やはり戦前の浅草や下谷がよい。師岡と違って人物に寄ってリアルな生活感を捉えていることに桑原の特徴があることがわかる。師岡の銀座と桑原の浅草では同じ時期の写真であっても雰囲気がまるで違う。撮影者の感性はもちろんだが地域性の違いも大きい。そういう対比もまた面白い。

桑原甲子雄それにしても桑原の1970年以降の作品群はなぜこうもつまらないのか。被写体への視線が変わってしまったのか。これが戦後の日本に対する批評なのか。左の写真はその中でもわりといい写真。このレベルでも戦前と比べると落ちる。
photo by 桑原甲子雄

他の方々の写真は正直面白くなかった。アラーキーはもっといい写真があるはず。

600円でこれだけたくさん見られるのはかなりお得。自分としては師岡だけでも満足できたと思う。超おすすめ。

名称: ウナセラ・ディ・トーキョー ANOHI ANOTOKIO − 残像の東京物語 1935〜1992
会期: 2005年4月23日(土)〜5月29日(日)
休館日 毎週月曜日
開館時間: 午前10時〜午後6時(入館は閉館30分前まで)
会場: 世田谷美術館 SETAGAYA ART MUSEUM
観覧料: 一般:600(480)円 大高生:400(320)円 中小生・65歳以上:300(240)円
( )内は20名以上の団体料金、障害者割引あり
  

ハッカパイプを買って行こうよ

2001-09-08-002.jpg
photo by Cozy

CONTAX RX,Distagon28mmF2.8

戸越八幡神社のお祭りの続き。帽子の女の子が露天の薄荷パイプに興味を示していた。

今はいろんな味のものがあるようで、レモン、メロン、オレンジ、イチゴ、ハッカの文字が見える。ハッカ以外はただ甘いだけでスーハーしないのだろうか。しかし、それではどうやって吸えばいいのか。どうやって味が運ばれてくるのか。やはりハッカに混ぜないと機能しないように思う。

禁煙社会に向けてハッカパイプを普及させるというのはどうだろうか。煙草を吸いたいという若者がいたら、先生はハッカパイプをすすめる。生協でも販売するといい。ハッカパイプは不良のアイテム。いつかそんな日が来ますように。

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2005年05月06日

書評:魂の昭和史/福田和也

『魂の昭和史 震えるような共感、それが歴史だ』(著者:福田和也,出版社:PHP研究所)

あとがきによると、チーマーやコギャルにもわかる昭和史を書いたのだそうだ。大まかな歴史の流れを語り口調で書いているのはそのせいだ。固有名詞がやけに少ないのも特徴で、かえってわかりにくいのではないのか、という気もしないではない。

そのかわり感情を表す言葉や形容詞などがやけにおおい。こういう部分で共感を呼ぼうというのはなんか違うと思ってしまう。こう感じて欲しい、そこをわかって欲しいとか、やけに訴えてくるのも押し付けがましい。

読みやすくはあるけれど歴史書としてはどうなのだろう。著者は知識のある人だし、勉強もしているようなので、それなりにしっかりしているのではないかと推測はするのだが、なにしろ文体が文体なので福田氏の勝手な解釈なのかなんなのかよくわからない部分が多い。

エンターティンメント性もイマイチじゃないのか。タイトルのように震えるような共感なんて特に感じない。この本でどう共感すればいいのか。でも、Amazonでは一般の評価はやけに高い。ニーズがぴったりあった人には面白いということか。

大雑把に歴史をつかんでおきたい人にはいいかもしれない。私もそのつもりで読んだのだが、もうちょっとレベルを高めに設定した本を選んだ方がよかったかなと今は思う。

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2005年05月05日

スローじゃなくてB級遊民

昨日紹介した『スロー快楽主義宣言!』の評価がいまひとつだったのは、私自身がスローライフを実践する気がないことが大きな理由だったかもしれない。そのことをちょっと書いておこうと思う。

自分もかつては毎年のようにキャンプをしたことがある。そのことを思い起こすと不便の中の楽しみもわからないではないのだが、さすがにそれが日常になるのはきびしいと思う。苦労が多いというばかりではない。私は家事に魅力を感じないし、農業に惹かれるところもない。スローな生活を楽しめる自信がない。田舎なんかに移り住んでスローライフを実践しようという人とはやはり生活の好みが違うのではないかと思うのだ。

今、自分がよく利用している電気製品は、様々な家電のほかに、パソコン、インターネット、デジタルカメラ、iPodなどがある。こういうものがなくなるのはつらい。外食もレトルト食品も必要だし、手抜きのための様々な食材、電化製品も必要だ。贅沢をしたい気持ちはあまりないけれど、都会的文明的なものにはけっこう好意的というか大好きであるようだ。

そんなわけで、スローライフの提言には共感を寄せつつも、実際には生活スタイルを変更しようという気にはなれない。あの本を読みながら自分のそういう傾向を強く意識した。

節約とスローは別物であることも今回強く感じた。自分はお金をあまり使わない節約生活を実践している。しかし、だからといって不便を好むということはない。iPodなんて絶賛しまくったし、新しいものやテクノロジーも好きだ。

節約はしてもスローになれない私、無駄遣いはあまりしないけれど、スローになれない私。今回の読書でそういう志向の違いがより明確になった気がする。そして、私はやっぱりB級遊民なんだな、と思う。

B級遊民については別blogを参照してください。
  

2005年05月04日

書評:スロー快楽主義宣言!/辻信一

『スロー快楽主義宣言!―愉しさ美しさ安らぎが世界を変える』(著者:辻信一,出版社:集英社)

スローライフの提唱者、辻信一がスローライフを快楽という切り口で語っている。

スローライフなんて貧しく、我慢が多く、不便なのではないかとの誤解を解くために、スローライフは愉しさ、美しさ、安らぎに満ちたものであると辻氏は主張する。快楽をお金で買うことに慣れてしまった私たちは本来の快楽を忘れている。本来快楽は自分たちが生活の中で感じるものであって、外にあるものではない。過程を楽しむこと、遅さ、不便さなどに快楽はあり、非競争的で環境的あり平和的である。

言っていることはわかるし、共感できる部分も多いが、内容的にはイマイチで、突込みが足りない印象だった。

ダグラス・ラミスの『経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか』、エピクロス、LOHASについての説明引用が本文中にあるが、それだけでこの本の思想はつきている。他に新しいことは何もない。

さすがにそれだけでは貧相なので、スローライフ実践者への取材もあるのだが、その箇所もたいして魅力があるわけではない。

それに加えて、社会の分析が弱いことも不満だ。こういう行動をすればこれだけの効果がありますとの数字もないし、上記本から借用した理念だけがあるという印象だ。

(この記事、改訂しました。)

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2005年05月03日

戸越八幡、祭りの夜

2001-09-08-001.jpg
photo by Cozy

CONTAX RX,Distagon28mmF2.8

2001年9月の戸越八幡神社のお祭り。この年の5月〜8月はほとんど写真を撮らなかった。ほうっておくとそのまま写真を撮らずに年を越しそうなほど関心が失せていた。その後また写真を撮らなくなったのだけど…。

写欲の高まる時期と退潮する時期がやってくるのは、仕方ないと今では思っている。

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2005年05月01日

書評:別冊世界 この本を読もう!

『別冊世界 この本を読もう!』(編集:岩波書店「世界」編集部,出版社:岩波書店)

2000年の雑誌の別冊という体裁のため入手は困難と思われる。簡単な感想のみ記す。

各ジャンルの専門家がそれぞれのジャンルの比較的新しい古典を紹介している。しかし、最新の研究でもなく堂々たる古典でもないので、かえって中途半端な印象を与えている。そのせいか、読んでみたいと思った本があまりなかった。

すでに読んだ本やかねてより読みたいと思っていた本ははぶいて、新たに気になったのは、次の3冊。

『社会主義』マックス・ヴェーバー,講談社学術文庫:1918年(ロシア革命の翌年)の講演で、社会主義が全面的な官僚制となることを指摘していた。
『肚 人間の重心』カールフリート・デュルクハイム,麗沢大学出版会:日本の修行を肚という観点から分析している。
『ミミズと土』チャールズ・ダーウィン,平凡社ライブラリー:進化論のダーウィンが土を豊かにするというミミズの役割を実証した生態学の古典。

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神田の御祭礼

2001-05-00-001.jpg
photo by Cozy

PENTAX MZ3,FA43mmF1.9Limited?

2001年の神田祭り。レンズはどれだっけ。

神田明神の脇から下へ降りていく細い階段。この付近もどんどん新しいビルができているので今行くと風景が一変している可能性がある。

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