『ちくま日本文学全集 永井荷風』(著者:永井荷風,出版社:ちくま書房)
収録作品は以下の通り。
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あめりか物語「林間」「落葉」
ふらんす物語「ローン河〈が〉のほとり」「秋のちまた」
すみだ川
西遊日誌抄
日和下駄
墨東綺譚
花火
断腸亭日乗より
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「日和下駄」「墨東綺譚」は読んだことがあるので、今回は読まなかった。
荷風は小説よりも日記の方が面白いという評をよく見かけるが、たしかにそうかもしれない。「あめりか物語」と「ふらんす物語」よりも同時期の日記から抜粋した「西遊日誌抄」の方が赤裸々で面白い。
荷風はワシントンの日本公使館での臨時雇いを終えた後、父親の斡旋でニューヨークの銀行に勤めることになる。昼間の銀行での労働を嫌悪し、夜はオペラやクラシックのコンサートを楽しむ生活が続く。将来は芸術で身を立てることができるだろうかと不安と希望を語り、フランス行きを渇望し、自分をアメリカにとどめている父親の無理解(というか荷風のわがままなのだが)について愚痴る。
同時に娼婦との恋愛が進行する。女が荷風と一緒に暮らしたがっているのは、その悲惨な生活から抜け出せるのではという期待があるからかもしれない。しかし、荷風は冷たい。一時は情にほだされもするが、フランス行きが決ってからはもう女のことは捨てるつもりでいる。
お金持ちのディレッタントの労働嫌い。遊び好きで冷酷。荷風のありのままの姿が日記上に展開する。
「すみだ川」はつまらない小説だ。下層階級の生活を活写している点で興味はひくけれど、ストーリーはこれから面白くなりそうな場面で終わってしまう。主人公に荷風の心情を託している部分もあるだろうが、とくに深さもない。
「花火」では、自分がかつて体験した祭日の記憶をたぐる。国が祭日の行事を通して愛国心を醸成していた様子が描かれたり、(大正天皇)即位式祝賀会における芸者たちへの集団暴行事件が描かれる。帝国主義時代の雰囲気と日本人の民度の低さが印象的だ。まとまりのない話だが、当時の世相の一端を垣間見ることができる。
「断腸亭日乗」は終戦前後の記録を抜粋。おぼっちゃまで泰然と生きていた荷風もまたこの時期は苦労したようだ。「重ねて郵書を法隆寺村なる島中氏に寄す、漂泊の身もしかの地に至ることもあらばその人の厄介にならむ下心あればなり、余も今は心賤しき者になりぬ」。
終戦の日までの数日を谷崎潤一郎に厄介になっていたことが書かれているが、どうやら谷崎は疎開先でもいい暮らしをしていたようだ。
本書は長い作品からの抜粋が多いので、荷風の作品をつまみ食いできる。入門用には最適ではないだろうか。
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