2005年07月03日

書評:上座仏教 悟りながら生きる/アルボムッレ・スマナサーラ、鈴木一生

『上座仏教 悟りながら生きる』(著者:アルボムッレ・スマナサーラ,鈴木一生,出版社:大法輪閣)


テーラワーダ仏教の本。スマナサーラ長老と鈴木一生の共著。

スマナサーラ長老にはスマナサーラ節とでも言うべき独特の話術、文体があるのだが、この本ではそれは抑えられている。鈴木氏が文体を整備し、統一しているらしく、文章的にやや個性のないものとなっているのが残念。私は日本テーラワーダ仏教協会のサイトに掲載されている『根本仏教講義』を少しずつ読んでいるところなので、そちらの方が面白く感じてしまう。なにしろそちらはスマナサーラ節が炸裂しているのだ。

内容的には一般向けの入門用なのですでにテーラワーダ仏教の本を読んだ人にはちょっと退屈な部分が多いかもしれない。もちろん最初に読むのならこれでもOK。

ただし、この本における転生について記述はまったく納得できるものではない。そもそもテーラワーダ仏教では自分で検証確認できないものを信じるなという釈尊の言葉を強調するのだが、転生はその検証確認などできるものではない。それをいくら理屈で語っても無理と言うもの。

たしかに『スッタ・ニパータ』や『ダンマパダ』のような原始仏典には輪廻転生に関する話題が出てくる。しかし、輪廻と解脱は当時のインド思想であり、釈尊もまたそこから自由ではなかった。そう私は理解している。

転生も含めて死後のことは「無記」でいいのではないだろうかと私は思う。『マールンキヤ小経』には釈尊が世界のあり方や霊魂や死後の生などの形而上学的な問題について判断を示さず沈黙を守ったことも書かれている。

テーラワーダ仏教では転生は死後のことではないという。こころのエネルギーが別の生へと転生するのだという。だから矛盾はしないというのだろうが、私から見れば屁理屈でしかない。経験的には「わからない」というしかない問題だ。やはり輪廻についての記述は眉に唾して読むのがいい。


この記事へのトラックバックURL

http://trackback.blogsys.jp/livedoor/cozy_009/27011979