2005年07月29日

書評:良寛に生きて死す/中野孝次 (前半)

『良寛に生きて死す』(著者:中野孝次 北島藤郷,出版社:考古堂書店)


昨年の7月に食道がんで亡くられた中野孝次氏の遺作集。といっても最晩年に書かれたものはほんのわずかで、多くはそれまで雑誌などに書かれた良寛に関するエッセイだ。他に『新潟の文化を考えるフォーラム』の記録。こちらも良寛をテーマにしている。

正直言って、これらの作品はあまり面白くなかった。私が良寛をよく知らないこともあるが、内容的にも過去の著作に重複していて刺激がなかった。氏の良寛を見る視線には仏教的な切込みが不足しているので、思想的に浅い。短いエッセイということで単発的な軽い読み物風のものが多い。

このような半端なものを作ってしまったのは、無理やり一冊にまとめるためにあちこちから文章を集めた編集者の責任だろう。

本の最後に入院を知らせる手紙や闘病中の手紙が3通と遺言書が掲載されている。私は中野氏がどのように死を迎えたのかを知りたかったので、興味の焦点はこちらにある。

残念ながらと言うのもおかしいが、この遺言書は死の1年半ほど前にかかれたものなので実際に強く死を意識している時期のものではない。

遺書の最初に、葬式を密葬にと言っているが、有名人の死はマスコミに出るのは必定で、さほど意味のあることでもないような気がする。

子どものいない中野氏は財産をすべて夫人に残すとしていて、夫人の死後は慈善団体の中野基金に譲渡するとしている。奥さんに遺産を残すのは普通のことだが、良寛云々と言っている人にしては執着を残しているなあと思う。

著作権に関しては神奈川近代文学館に委ね、同館の特別運動資金とすることともあり、この点は偉いと言えそうだ。

遺言の最後のほうに「予を偲ぶ者あらば、予が著作を見よ」とあるが、これも見ようによっては激しい執着ではないだろうか。良寛的とはいえない。

遺言に比べるとガンが発見されてからの3通の手紙の方はリアル感がある。

長くなるので、後半に続く。



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