2005年08月12日

書評:きけわだつみのこえ―日本戦没学生の手記

『きけわだつみのこえ―日本戦没学生の手記 ワイド版岩波文庫』(編集:日本戦没学生記念会 , わだつみ会,出版社:岩波書店)


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太平洋戦争で亡くなった若い人たちの手記、日記、手紙などを集めた文集。大学を卒業後、もしくは在学中に召集されて戦地に赴いた若者が死を前にして何を考えていたかを知るよい資料だ。

しかし、あとがきにあるように、出版直後から編集方針に偏りがあるとの指摘がなされていたらしく、いささか反戦的な気分で彩られている。本当はもっと軍国主義的な記録があったのではないか。日本の正当性を主張するような手記が実際には書かれていたのではないか。そう思わせるほど、冷静な文章が多い。

自分を学究の徒としてとらえ、学問への意欲を語る文章が多いのも特徴だ。今の大学生がただ学歴のために大学へ行くのとは違って当時は選ばれた人たちだけが大学へ行っていたことが学生自身の意識にも深く刻まれていて、いかにも「戦没学生」的な雰囲気を保っている。

その反映だろう。文章の表現も硬い。観念的といってもいい。これは昔の学生の一般的傾向だろう。それと関連があるのだが、理想主義的でもある。自分の行き方を全うしたい、意義のある死を迎えたい、立派に死にたいという思いが随所に表現されている。裏を返せば、無意味な死を恐れる気持ちの現われだろう。無駄死にではないのだと思いたいのだ。それが様々な表現で語られている。その苦悶が痛々しい。

意外だったのは予想したよりも感動的ではないことだ。死を前にと言っても、実際に死ぬ直前の気持ちが書かれている手記は多くない。戦地にあっても本当に自分は死ぬのだろうかという不思議な感覚を語ったりして、むしろテレビドラマで描かれる戦場の方が劇的かもしれない。実際に死ぬ直前に手記を書くことなど滅多にないだろうから、当たり前と言えば当たり前だ。

とはいえ、特攻に行く前に書かれた手紙や戦犯として処刑される前に書かれた手記などはさすがに胸に迫るものがある。しかし、
その場合でも取り乱したところはない。そのときの真情を正直に語っているにしても、なかなかきちんとした文章で書かれていて、立派なものだと感心した。

どのような動機で読むか、どう評価するかはさておき、一度は読んでおきたい貴重な記録だ。


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