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2005年05月24日

書評:陸奥宗光とその時代/岡崎久彦

『陸奥宗光とその時代』(著者:岡崎久彦,出版社:PHP研究所)

陸奥宗光の父親は紀州藩の要職にあった伊達宗弘だ。宗弘は藩内の権力闘争に敗れ、失脚し、家禄を取り上げられる。そのせいで宗光少年は正規の武士の教育を受けられず、武を捨てて文のみで生きていく決心をしたようだ。

陸奥は勝海舟に出会い、開花論に目覚め、幕府の海軍操練所に入り、次に坂本竜馬の海援隊に入る。

維新後は外国事務局御用掛、兵庫・神奈川県等知事、大蔵省租税頭になるが、政府への不満から辞任。元老院議官として復帰するが、薩長藩閥の政府では十分に力が発揮できない。西南戦争の際には薩摩に協力的だったとして逮捕、5年間投獄される。出獄後はヨーロッパを3年間留学する。帰国後外務省入省。

このあたりから陸奥はかつて伊藤博文との信頼関係と思想的な一致により次々と大きな仕事を成し遂げていく。とりわけ重要な仕事は不平等条約の改正(関税自主権)と日清戦争での勝利だ。その過程での陸奥の思考と行動が見事である。

このようなすぐれた人物が外交官にいて、さらに伊藤のような人物が総理大臣にいたからこそ、日本は西欧列強による植民地支配を逃れることができ、国内体制を充実させることができた。というのが、本書のメインストーリーだが、現在の平和主義からすれば、日本を帝国主義に導いた悪いやつという見方もできるかもしれない。しかし、過去の歴史を現在の価値観から裁いてはいけないとは著者の言葉でもある。その当時の価値観と世界の状況の中にあって人々は行動したことを想像力をもって補足しなければならないだろう。

もし近代国家を目指し、列強と肩を並べることをしなかったら、どうなっていたか。ただでさえ関税の不平等を強いられていた日本は膨大な富を海外に流出させていたのだ。さらに不当な条件での国交を強いられ、列強に蹂躙される悲惨な後進国であり続けた可能性が高い。

著者の岡崎氏は元外務省の外交官であるだけに、明治維新から日清戦争の外交に焦点を当てながら、国益の観点から評価している。客観的な記述と公平な視点と冷静な態度で一貫しているので読みやすい。また該博な知識により肉付けがされていて本筋とは離れた部分でも読ませてくれる。

著者によるこのシリーズ(全5冊)は複数の学者の協力により内容的な検討がしっかりとなされているという。その点でも安心して読める。

今までは司馬遼太郎の小説で歴史を知ることが多かったが、やはりこのような事実を積み重ねた歴史書はよみごたえがあって、読後に充実感がある。感動よりも知識を求めるならやはり歴史書か。おすすめ。

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2005年05月22日

書評:日本経済「暗黙」の共謀者/森永卓郎

『日本経済「暗黙」の共謀者』(著者:森永卓郎,出版社:講談社プラスアルファ新書)

政府が主導しているアメリカ型の資本主義社会が実現すれば所得格差はさらに広がる。この傾向を意図的に拡大している人たちがいる。それは経済強者だ。企業経営者、マスコミ、御用学者たちだ。彼らは構造改革の号令の元にアメリカ型の資本主義を導入しようとしている。それとともに意図的にデフレを継続させている。

デフレのおいては現金を持っているやつが強い。現金の価値がより高まるからだ。彼らは強い現金で安くなった株や不動産を買い占め、インフレ路線に転換することでその資産価値を増大させることができる。

経営者は長引くデフレの中で多くの社員をリストラで解雇して、低賃金のパート労働者を多く作り出して、経営しやすい状況を手に入れた。

御用学者は人間を経済的な勝ち組負け組みに分ける価値観を植えつけ、勝ち組になるための本を売り、講演会を開いて、稼ぎまくった。マスコミは高収入で安定した仕事を持っている自分たちにプラスであるデフレをよいことのように言い立てる。

こうした暗黙の共謀者の策略により、デフレが続き、彼らの相対的な所得は増えた。やがて海外の安い労働力が日本に流入して、日本人の底辺労働者とともに低賃金労働市場が形成され、経済強者は安い労働者をドライバーやメイドとして雇うことができるようになるだろう。結果的に彼らが夢見るアメリカの成功者のような生活に多少なりとも近づくことができるのだ。

さらに恐ろしいのはアメリカの投資家たちだ。都内の不動産やゴルフ場を買いあさり、不良債権を安く買いあさる。経営破たんした企業もがアメリカの資本が買いまくっている。彼らが買った物件はインフレにもどれば大きな利益を生みだす。

青い目の企業経営者が日本人を酷使して利益を上げる状況はすでに生まれつつある。筆者である森永氏はこのことを黙っていられないとこの本を書いたそうだ。

しかし、彼の考えではアメリカ型資本主義=格差社会への流れは変えられないという。そこで提示されるのが例の300万円時代を力を抜いて楽しく生きましょう論だ。

どこまで意図的に行なわれたのかは定かではないが結果的に強者がますます強くなる社会の流れがあることは間違いない。森永氏も言うように、アメリカ型の資本主義よりもヨーロッパ型の資本主義を見習うべきだろうし、ワークシェアリングの導入こそがよい社会を作る方法であろうと思う。

しかし、多くの日本人は自分もまた勝ち組になるだろうと甘い期待を抱いて現状を変革しようとは思わない。

本書は経済に詳しくない人でも面白く読める。無味乾燥な経済学の入門書のようなものよりもとっつきやすいのでおすすめ。規制緩和した日本がどこに向かおうとしているのかが見えてくる。そして、アメリカ型資本主義がいいことであるとの思い込みを正してくれるのではないだろうか。

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2005年05月18日

書評:知って安心 男の更年期/横山博美

『知って安心 男の更年期』(著者:横山博美,出版社:講談社)

男の更年期には精神的な原因で起こるミッドライフ・クライシスと肉体的な原因で起こる本来の更年期の二種類がある。この本でおもに扱っているのは後者の肉体的な更年期。その二大原因は男性ホルモンの低下と前立腺肥大だという。

その症状の現われ方と治療法の解説が本書のメインだ。男性ホルモンの投与、漢方療法、前立腺への温熱療法などをおこなえば治ると言う。だから、いろいろ不調を感じることがあっても悲観することはない。

一般向けの医学書なので当然だが、本書では、仕事でも性においてもバリバリ元気であることをよしとしている。しかし、私は別のことを考えてしまった。

いい年になっているのにバイアグラを使ってまで性生活を元気にしなくてもいいんじゃないだろうか。仕事ばかりの生活を反省し、競争社会から身を引くのも悪くない選択だ。性格から猛々しさが消えて、性的な面でも枯れていくのも、人生の後半にふさわしいのではないだろうか。

インド思想のヴェーダには人生を4つに分ける四住期という考えがある。勉学の「学生期」、家族を養う「家長期」を経て、家を離れて森林の中で瞑想修行をする「林住期」、最後は死に場所を求め、放浪と巡礼の旅に出る「遊行期」となる。

むろんこれは宗教思想であるが、人間が肉体的に枯れるのは本来の姿なのだから、それに素直に従っていく生き方も視野に入れた治療もあるのではないだろうか。「私はつらい症状だけを治してもらえば十分です、あとは受け入れて枯れて行きます」と患者がいい。医者も患者を穏やかな隠居生活へと送り出す。

医学にもイデオロギーがある。治療方針にもイデオロギーがあるというべきか。当然、人生観に応じた治療プログラムがあってもいいはずだ。上記のような患者と医師のやり取りが一件でも紹介されていたら、それもまた楽しかっただろう。

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2005年05月11日

書評:日和下駄/永井荷風

『日和下駄―一名東京散策記』(著者:永井荷風,出版社:講談社文芸文庫)

上には講談社文芸文庫へのリンクを張ってあるが、私は1993年発行の『荷風全集第11巻』で読んだ。

表通りの近代化、偽の西洋風の街並みへの変貌を嫌っていた永井荷風はさびれた路地へ入り、空地や崖を鑑賞し、風情のある橋上で佇む。洋行帰りであることがかえって、荷風の心に消え行く日本さへの激しい憧れを呼び起こすようだ。

金のかからない暇つぶしとして散歩を選んだ荷風は歩きながら近代への批判を強め、日本の風景に対する愛着を確認していたようだ。このエッセイをつらぬく感情はそこにある。とりわけ醜く変貌していく日本の近代的風景への皮肉な視線が印象深い。

底辺の人々への共感もあるかのように見えるが、同時にそこには冷ややかな視線もある。金持ちの放蕩息子が貧乏人の生活を高みから鑑賞するような描写が気になった。

荷風という人は別に人格者でもないし、社会の理想を声高に語るわけでもない。その社会観は退歩的であり(本人は退歩的じゃないと書いている)、女性への視線は差別的だとの批判もある。貧乏な下層民への視線も共感的というよりもおのれの趣味を満足させるだけの高みの見物ではないかという批判もまぬがれないだろう。しかし、そういうほめられたものではない面もふくめて、この変人の面白さに共感できるかどうかが荷風を好きになれるかどうかの分かれ目だ。

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2005年05月08日

書評:江戸芸術論/永井荷風

『江戸芸術論』(著者:永井荷風,出版社:岩波文庫)

タイトルは江戸芸術論となっているが、その中心は永井荷風のさびしさと果敢なさの美学が充満した浮世絵論にある。とりわけ冒頭の「浮世絵の鑑賞」「鈴木春信の錦絵」のふたつにすべてがあらわれている。

「浮世絵は余をして実に渾然たる夢想の世界に遊ばしむ。浮世絵は外人の賞するが如くただに美術としての価値のみに留まらず、余に対しては実に宗教の如き精神的慰藉を感ぜしむるなり。」

いかに荷風がその浮世絵世界に魅惑されたか。そこに共感を感じなければこの本はまったくつまらない。できれば鈴木春信の美人画、北斎と広重の風景画に対する興味くらいは持っていた方がいい。荷風は特にこの三者を賛美しているからだ。加えて墨東綺譚への共感があればさらに楽しい読書となるだろう。荷風の美意識の根底に古い日本への憧れがあることがわかってくる。

明治維新において浮世絵は日本政府および大多数の日本人に省みられることのなかった恥ずべき文化だった。浮世絵は多数が海外に流出し、外国の美術家や好事家に愛好され、そこで研究の対象となる。

明治の日本人の意識が急速な文明化にばかり向き、かつそれが旧日本文化への侮蔑と裏腹であったことを思えば、浮世絵の悲しい歴史への共感もまた深まるというものだ。そういう歴史的観点もふまえてこの作品は読まれるべきだろう。

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2005年05月06日

書評:魂の昭和史/福田和也

『魂の昭和史 震えるような共感、それが歴史だ』(著者:福田和也,出版社:PHP研究所)

あとがきによると、チーマーやコギャルにもわかる昭和史を書いたのだそうだ。大まかな歴史の流れを語り口調で書いているのはそのせいだ。固有名詞がやけに少ないのも特徴で、かえってわかりにくいのではないのか、という気もしないではない。

そのかわり感情を表す言葉や形容詞などがやけにおおい。こういう部分で共感を呼ぼうというのはなんか違うと思ってしまう。こう感じて欲しい、そこをわかって欲しいとか、やけに訴えてくるのも押し付けがましい。

読みやすくはあるけれど歴史書としてはどうなのだろう。著者は知識のある人だし、勉強もしているようなので、それなりにしっかりしているのではないかと推測はするのだが、なにしろ文体が文体なので福田氏の勝手な解釈なのかなんなのかよくわからない部分が多い。

エンターティンメント性もイマイチじゃないのか。タイトルのように震えるような共感なんて特に感じない。この本でどう共感すればいいのか。でも、Amazonでは一般の評価はやけに高い。ニーズがぴったりあった人には面白いということか。

大雑把に歴史をつかんでおきたい人にはいいかもしれない。私もそのつもりで読んだのだが、もうちょっとレベルを高めに設定した本を選んだ方がよかったかなと今は思う。

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2005年05月04日

書評:スロー快楽主義宣言!/辻信一

『スロー快楽主義宣言!―愉しさ美しさ安らぎが世界を変える』(著者:辻信一,出版社:集英社)

スローライフの提唱者、辻信一がスローライフを快楽という切り口で語っている。

スローライフなんて貧しく、我慢が多く、不便なのではないかとの誤解を解くために、スローライフは愉しさ、美しさ、安らぎに満ちたものであると辻氏は主張する。快楽をお金で買うことに慣れてしまった私たちは本来の快楽を忘れている。本来快楽は自分たちが生活の中で感じるものであって、外にあるものではない。過程を楽しむこと、遅さ、不便さなどに快楽はあり、非競争的で環境的あり平和的である。

言っていることはわかるし、共感できる部分も多いが、内容的にはイマイチで、突込みが足りない印象だった。

ダグラス・ラミスの『経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか』、エピクロス、LOHASについての説明引用が本文中にあるが、それだけでこの本の思想はつきている。他に新しいことは何もない。

さすがにそれだけでは貧相なので、スローライフ実践者への取材もあるのだが、その箇所もたいして魅力があるわけではない。

それに加えて、社会の分析が弱いことも不満だ。こういう行動をすればこれだけの効果がありますとの数字もないし、上記本から借用した理念だけがあるという印象だ。

(この記事、改訂しました。)

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2005年05月01日

書評:別冊世界 この本を読もう!

『別冊世界 この本を読もう!』(編集:岩波書店「世界」編集部,出版社:岩波書店)

2000年の雑誌の別冊という体裁のため入手は困難と思われる。簡単な感想のみ記す。

各ジャンルの専門家がそれぞれのジャンルの比較的新しい古典を紹介している。しかし、最新の研究でもなく堂々たる古典でもないので、かえって中途半端な印象を与えている。そのせいか、読んでみたいと思った本があまりなかった。

すでに読んだ本やかねてより読みたいと思っていた本ははぶいて、新たに気になったのは、次の3冊。

『社会主義』マックス・ヴェーバー,講談社学術文庫:1918年(ロシア革命の翌年)の講演で、社会主義が全面的な官僚制となることを指摘していた。
『肚 人間の重心』カールフリート・デュルクハイム,麗沢大学出版会:日本の修行を肚という観点から分析している。
『ミミズと土』チャールズ・ダーウィン,平凡社ライブラリー:進化論のダーウィンが土を豊かにするというミミズの役割を実証した生態学の古典。

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2005年04月30日

書評:Amazonマーケットプレイス徹底活用

『Amazonマーケットプレイス徹底活用』(著者:横手久光,森英信,出版社:ソフトバンクパブリッシング)

古本を安く買ってきて、他の店や人に高くすることを「せどり」という。最近はブックオフの105円棚で購入した本をインターネット上で販売するせどりが増えている。本書の著者二人もその手の「せどらー」だ。本書は、販売する場をAmazonマーケットプレイスと限定した「せどり入門書」と思えばわかりやすい。

Amazonマーケットプレイスは簡単な手続きで古本を販売できるシステムだ。マーケットプレイスを使えば、インターネット上に掲載する書誌情報の入力や集客、集金などの手間が省けるため「せどらー」にはいろいろとメリットがある。とはいえ最初はどうしていいのかわからなくて躊躇するものだ。本書は、出品用アカウントの作成(銀行口座の登録)、Amazonマーケットプレイスへの出品、配送手続きと配送手続き完了メールの送信、代金の振込と事後処理など必要な知識を簡潔に与えてくれるし、値づけの方法や配送方法、梱包についても教えてくれるので、ありがたい。

これ一冊で「せどり」商売が可能となる。ほとんどリスクのない商売なので、小遣い稼ぎやオンライン古本屋に興味のある人はやってみてもいいのでは。しかし、私は面倒くさがりなのでやっぱりモチベーションがあがらない。

読書的な面白さはない。

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2005年04月26日

書評:失踪日記/吾妻ひでお

『失踪日記』(著者:吾妻 ひでお ,出版社:イーストプレス)

吾妻 ひでおのマンガ。Amazonにあった出版社からのコメントは以下の通り。

「全部実話です(笑)
突然の失踪から自殺未遂・路上生活・肉体労働、アルコール中毒・強制入院まで。
波乱万丈の日々を綴った、今だから笑える赤裸々なノンフィクション!
カバー裏にシークレットおまけインタビューが掲載されています。」

人気漫画家の吾妻氏は乗り気でない仕事をたくさんかかえてイヤになっていたようだ。ウツと不安に襲われることもあったという。ある日、タバコを買いに行くといったまま失踪してしまう。一度帰宅して、すべての仕事をキャンセルして、ホームレス生活に突入。(実際には家はあるのでホームレスではない。家があるのに路上生活という奇妙な生活スタイル)

冬の寒さの中すさまじい生活を続けるのだが、やがてホームレスにも慣れてうまく食事を得る方法を発見する。余裕ができると今度は退屈し始める。その後、配管工になって働くのだが、漫画家に戻らないところがまた不思議。その仕事も人間関係など面倒なことがあって、やめてしまう。そこでどういわけか漫画家に復帰する。

後半はアルコール依存症で入院したときの体験記。なんとも奇妙な患者たちの世界が描かれる。

心理描写があまりないので失踪の理由やアルコール依存症になるいきさつがあっさりしすぎていている。家族とのやり取りなど笑えない部分はあえて書かなかったそうなので、読者にとっては肝心な部分が抜けてもいる。このマンガで笑いたいわけではないので、そこらあたりをもっと掘り下げて欲しかった。

でも、これはこれで面白い。おすすめ。

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2005年04月23日

書評:独学のすすめ

『独学のすすめ』(著者:加藤秀俊 ,出版社:文春文庫)

 社会学者、加藤秀俊による勉強することに関するエッセイ集。サブタイトルは「現代教育考」。

 あとがきを見ると1975年となっている。30年前のお話だが、古さは感じない。それは昔も今も大学をめぐる状況に大きな変化がないからだ。加藤氏は当時の大学が就職のための手段になっていることを嘆いている。学生がただ就職のために大学に入学し、勉強の意欲が低いことは進学率が増加して以降、数十年ずっと変わらないようだ。

 加藤氏は純粋に学問を求めるべきだという。学問研究には学校すら必要ではないともいう。図書館に本があるのだから独学でいいのだと独学に本来の学問的楽しみを見出すようにすすめている。大学は大衆化したが、学問は大衆化していない。そのことが不満なのだ。

 加藤氏はレジャー学、生涯学習について関心の深い人なので、この主張は当然のことだが、たいがいの人はそんなことは関心がないのも事実。氏はとりわけ大学入学者の受身の姿勢が気に入らないようで、日本の大学の現状に嫌気がさして、大学の職を辞してしまったそうだ。

 また教育が生き方に及ぼす影響にも言及していて、教科書に現われる達成イメージの多寡が子どものやる気と関連があるとの研究を紹介している。「教育というものの基本的な目的と意味は、ひとりひとりの個人に、人生に対する生きる意欲をつちかうことにある」との指摘は重要だ。文部科学省もこんなことを最近言っていたと思う。

 かつて歴史上の人物が教科書にたくさんとりあげられていたのはこの達成イメージの提示であり、生き方のモデルの提示でもあった。国民的英雄物語は国家的な理想の提示であり、どう生きるべきかの模範でもあった。それが時代の変化とともにだんだんと減ってきて、子どもたちに提示されるのは、マンガの主人公などであり、たとえば不良グループのリーダーや、暴力的な英雄になってしまった。それが若者の生き方の方向性を相対的に弱め、混乱させ、生きがいの喪失につながっていると指摘する。

 たしかにそういう面もあるだろう。今、教科書にはイチローとか高橋尚子とかスポーツ選手が多いのではないだろうか。政治的イデオロギー的には無色で、ただ頑張って金メダルを獲りました、アメリカで成功しましたという事例では生き方のモデルとしての魅力に乏しい。少なくとも私が子どもであれば見向きもしない題材だ。

 脱イデオロギーは紙幣にも及んでいる。紙幣の肖像が夏目漱石や樋口一葉というのもどうかと思う。漱石は文豪であっても、夫婦仲が悪く、胃病持ちで40代で早世した。一葉は貧乏の中での若死に。イデオロギー的に無色な人間を選ぼうとすると、熱くなれないタイプの人間が残ってしまうのだろう。この人選では生きる意欲がしぼむのではないか。練炭自殺者が増えるのも仕方なしか。

 どんな生き方を理想とし、生きる意欲を刺激すべきか。価値観の多様化の時代において脱イデオロギー的人選をしようとすれば簡単に答えが出ないのは当然だ。今後もあたりさわりのない人物が教科書に紙幣に登場することだろう。それもやむなしと思ってしまうのがまたさみしいのだが。

 後半はコラムになってしまった…。本書は気楽に読める知的エッセイなので、暇つぶしにどうぞ。

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2005年04月21日

書評:「人間嫌い」の言い分

『「人間嫌い」の言い分』(著者:長山靖生 ,出版社:光文社新書)

人間嫌いの本ではない。著者は人間嫌いについて「仲間に甘い顔をせず、自分の信念を押し通す人間は、日本社会ではこう呼ばれる」と書いているが、そうではないだろう。著者の言っているのは、自分の流儀で生きている頑固な人だ。それにもかかわらず、人間嫌いはこうだと断定しているのが、いささか不愉快だった。

内容的にもあまり面白くない。自分はこうですと好き勝手に書いているだけで得るところはない。電車の中でこれしか持ってっていなかったので、半分ほど読み、もったいないから残りはところこどろ紹介される文学者のエピソードを楽しみに読み通した。

しかし、それも漱石の「こころ」の紹介が間違っていたせいで、信用度がかなり低くなってしまっている。「こころ」の主人公のわたしにお嬢さんを奪われた友人のKは自殺するのだが、なぜかこの著者は「これが原因でKが行方しれずになってしまう」と書いている。やけに穏便な展開ではないか。そんな程度のことでいつまでも悩まないって。

問題なのは、この間違いを編集者も校閲も見逃していることで、教養の崩壊が大手の出版関係者にもおよんでいることがまたしても明白になってしまった。いまや近代文学なんて誰も読まない、ということか。

もっとも近代文学が教養だなんてのは一時期一部の知識層に起こった特殊な考えに過ぎないと私は思っている。だからといって間違ってもいいことにはならないのは言うまでもない。

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2005年04月20日

書評:「ゆとり」について―ヨゼフ・ピーパーのレジャー哲学をめぐって

『「ゆとり」について―ヨゼフ・ピーパーのレジャー哲学をめぐって』(編集:松田義幸,著者:渡部昇一,ヨゼフ・ピーパー,稲垣良典,松田義幸,土居健郎 ,出版社:誠文堂新光社)

つい先日の高田馬場のBIG BOXの古書感謝市古本市で購入した一冊。(わざわざでかけてこれ一冊というのはいかがなものか。)

著書『余暇と祝祭』で知られる哲学者のヨゼフ・ピーパーの考えをもとにレジャーはどうあるべきかを論じた論文と対談を収めている。余暇開発センターの研究活動のひとつであるらしい。

レジャーというのは労働の疲れを癒すレクリエーションとは違って、それ自身追求される余暇活動のこと。ピーパーの考えではそれは文化的価値の創造に関係し、また宗教的な祝祭に関係する。功利を目的としない学問、芸術、祝祭と言えばわかりやすいか。

同じ学問でも知るために知るのは自由な学芸であり、なにか成果を期待してなされるのは奴隷的技術と言われる。この考えのオリジンはアリストテレスにある。余暇における最高の活動はコンテンプレーション(コンテンプラチオ、観想)とされているのもアリストテレスと同じ。ピーパーのレジャー論は基本的にアリストテレスのレジャー論を現代によみがえらせたものといっていいだろう。

こうしたピーパーの考えに対して、いろいろな読みが披露される。観想は「もののあわれ」に対応するのではないかとの指摘や、余暇は「ゆとり」といった方が日本語としてわかりやすいとの指摘は面白かった。経済至上主義、労働至上主義に毒されている現代日本人はかつての日本的文芸の精神を今一度思い出すのがいいようだ。

現代の労働中心の社会はカントの認識論や道徳観から発しているとの指摘もあったが、こちらはどうか。ごくふつうにカルヴァンのプロテスタント思想でいいように思うが。本書とは関係ないが、よく西洋の近代合理主義に与えたデカルト思想の影響とかを書いてあるのを見るが、私にはあれがピンと来ない。そんなに哲学思想は一般社会に影響を与えるものなのだろうか。証拠はあるのか? どうもこじつけのような気がしてならない。

私はこの手の話題に関心があるので面白く読んだが、一般的には完全スルーの著書だと思う。お勧めしたとしても、この本は入手困難なので読む機会はあまりないかもしれない。

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2005年04月15日

書評:出版クラッシュ

『出版クラッシュ!?―書店・出版社・取次 崩壊か再生か 超激震鼎談・出版に未来はあるか?〈2〉』(著者:安藤 哲也 (著), 永江 朗 (著), 小田 光雄 (著) ,出版社:編書房)

出版業界の問題点はマンガと雑誌を中心にした出版売上げの減少、書店、取次ぎの相次ぐ倒産、金太郎飴的な個性のない書店の増大、大型店舗化による競争激化などのようだ。

鼎談はまとまりなく続き、なんとも締まらない形で終わってしまう。データによる分析ができていないので、こういうことになるのだろう。読者の変化に関する分析がほとんどないのも不満だ。

自分の書店の棚は魅力があるのだと繰り返していた安藤氏はあとがきでオンライン書店に転職した経緯を書いているが、その理由にまったく説得力はない。経済的に有利な方へ行っただけだろうと勘ぐられても仕方なし。

小田氏は出版不況の原因は、委託制と再販制度にあると繰り返し主張するが、論拠が弱い。しかも、それを撤廃したら、本が売れるようになるというわけではない。書店が大幅につぶれて淘汰されて再編されるから今よりはいいと暴論を展開する。

出口なし。それは出版なのかこの鼎談なのか。

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2005年04月12日

書評:希望格差社会

『希望格差社会』(著者:山田昌弘 ,出版社:筑摩書房)

本書における山田氏の主張は以下の通り。

現在の日本は2極化が進行している。職業においては金持ちと貧乏人の差が、家庭においては結婚できる者と結婚できない者との差が、教育おいては高収入の職業に高確率で就職できる者とできない者の差がどんどん開いている。

さらに以前は努力すればそれなりのレベルにいけたのに、現在は見通しにおいて不安定化している。つまりいい就職ができても出世できないかもしれないし、首になるかもしれない。結婚しても離婚するかもしれない。大学に進んでもいい就職ができないかもしれない。

こういう社会において人々は努力しても報われないかもしれないと思うようになった。自分は負け組みではないかと思ったものは早々に希望を失なってしまう。学業意欲の低下もここに原因がある。

社会にとって恐ろしいのは収入の格差よりもこの希望の格差であり、希望を失ったものは犯罪に走ったり、ひきこもったりする。

社会としては希望を持てるような援助をしなくてはならない。資格が就職につながるメカニズムをつくる。カウンセリングやコンサルティングで本人の能力にあった仕事につかせるようにする。コミュニケーション能力アップの支援をする。社会保障制度はさまざまな家族形態に対応すべきであり、さまざまなライフスタイルの実現支援策を用意する必要がある。

以上、要約。

現在日本の状態をうまく説明しているのに感心した。上記の要約よりも細かい分析がなされていて、高度成長期にはうまくいっていた様々なシステムが現在は機能不全に陥っていることがよく理解できる。

その信憑性は? 学術書ではないので、細かいデータは出ていないが、社会学の研究をもとに大学で講義でおこない、それを書籍化したものなので、それなりに信頼していいだろう。放言のような社会評論とは違う。

分析においてちょっと物足りなく思ったところがある。若者の価値観の変化をもう少し取り上げられないだろうか。今の日本企業には魅力がないし、非人間的な労働環境のところが多い。選択肢としてそういうものしか見せられないと、ドロップアウト志向が増えるのもしかたないのではないか。

面白いと思ったのは、若者への対処の仕方、その基本姿勢だ。山田氏は、どうやって若者に身のほど知らずの夢をあきらめさせて、実際の就職へと導こうかと考えている。目標を下げさせて、妥協をさせ、手遅れの状態にならないように職につかせる。そんな持って行き方をする。大人というか現実的というか、なかなかきびしい。

私が対策を考えるなら、少なくとも労働環境の改善、ワークシェアリングの実現は盛り込みたい。さらに現在の高校以上の学校体系をもっと実践的にする(普通科を減らし、大学進学率を下げる)か公的な職業教育の充実を求めたい。

現在の社会状況を理解する上で、とてもお薦めの一冊。
  

2005年04月08日

書評:古本屋サバイバル

『古本屋サバイバル―超激震鼎談・出版に未来はあるか? 3』(著者:小田 光雄 , 河野 高孝, 田村 和典 ,出版社:編書房)

現役の古書店経営者である河野、田村と、、ライターの小田による古本屋の興亡についての鼎談。

古本が売れなくなったのはなぜか。その原因をブックオフなどの新古本屋の影響、読書人口の減少、書籍の消費財化による質の低下などにさぐり、後継者問題、古書価格の低下、売れ筋の変化について語る。ブックオフとの客の取り合いだけでは語れないいろいろな問題が古本屋のまわりにおこっていることがわかる。

新刊書でも言えるのだが、いわゆる硬い本が売れないのは、読者側の変化が大きいようだ。最近、大学から文学部の国文科や英文科が減っているという。新しい学科がうまれ旧来の文科系の学科が閉鎖され、それによって学生が昔の固い本を買わなくなっている。必要な部分だけをコピーすることも普通になった。このあたりのことも正統派の古本屋にはつらいところだ。

美術全集、文学全集などはぜんぜん売れないようだ。かつての教養主義が崩壊していると言っていいだろう。マンガはブックオフで立ち読みし放題。エロ系はインターネットに完全敗北。人気があったものも時代とともに衰退する。これは世の習いで仕方ないだろう。

個性的で実直な品揃えの店が広い地域に散らばる読者層に支えられる形でのひっそりした生き残りくらいしか残されていないかのようだ。

最後のほうで、インターネットの検索システムで古本を売っていく今後の展開について触れられているが、新興のオンライン古本屋と個人のせどり屋(本書ではまだ話題になっていない)が大量発生している現状を見ると、インターネットもきびしい戦場になりそうだ。
  

2005年04月06日

書評:神田神保町古書街ガイド (2002〜2003年)

『神田神保町古書街ガイド (2002〜2003年) 』(著者:アミューズ編,出版社:毎日ムック)

神田神保町の古書店を写真を使って紹介している。神保町の飲食店の紹介もある。さらにJR中央線沿線の古書店、京都の古書店、鼎談、読み物記事などもある。

中央線は散歩写真でもあまり行っていないので、古本屋めぐりをしながら町の散策をしてみようかと思った。

日本全国「古本屋」談義に参加されている上野文庫の主人、中川道弘さんは2004年9月にすい臓がんで亡くなっているようだ。店も閉めてしまったという。『東京古本とコーヒー巡り』でも紹介されていて興味があったので行ってみようかと思い、ネットで検索してこのことを知った。

個性的な古本屋ほど店主の個性の反映なので、他の人に引き継ぐのは難しいだろうし、後継者を育てるのが困難という問題もあるだろう。見たような新刊書店や新古本屋がどんどんできる一方でこのような個性的な店が簡単に閉店してしまうのは惜しいことだ。
  

2005年04月04日

書評:ヘンな本あります―ぼくはオンライン古本屋のおやじさん2

『ヘンな本あります―ぼくはオンライン古本屋のおやじさん2』(著者:北尾トロ,出版社:風塵社)

フリーライター、北尾トロさんによる『ぼくはオンライン古本屋のおやじさん』の続編。

前作はパソコンに不慣れで本屋の経験もない著者が小規模な商いをするオンライン古本屋さんへと成長する物語であった。今回はオンライン古本屋のトロさんが古本市への出展したり、古本屋検索サービスを運営したり、オンデマンド出版を手がけたり、フリーペーパーを作ったり、期間限定ブックカフェを開いたりと様々な実験を繰り広げる冒険編。本を通して擬似経験ができる面白さがある。

著者はやる気がなさそうでいて、好奇心旺盛で、じつに忙しく動き回っている。無私の情熱にかられたりするくせに、無責任に放り出す。熱しやすく冷めやすい。本来古本屋は単調でつまらないものだと思うが、この本がそうならないところは著者の性格によるのだろう。

本についての薀蓄や目利き自慢みたいなものは皆無。行動の人である。そういう意味ではおそらく類似本とはまるで性格を異にするはずだ。

杉並北尾堂があちこちに進出することで固定客に支えられる本格的な古本屋とフワフワと流動的な新興オンライン書店との品揃えの違い客層の違いも見える。というよりもいろいろな本を欲する人がいて、それに対応する本屋があるということか。

古本屋の世界もなかなか面白そうだ。それは古本屋業界のあり方が面白いという意味であって、商売として面白いという意味ではない。店舗を持てば長時間拘束される店番が退屈だろうし、オンライン販売ではデータ入力や発送が面倒そうだ。仕事としての効率もよさそうには見えない。しかし、自分の中で古本屋世界への関心が高まっている。

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2005年04月02日

書評:浪費なき成長―新しい経済の起点

『浪費なき成長―新しい経済の起点』(著者:内橋克人,出版社:光文社)

経済学者、内橋克人による日本の政治経済批判。初版2000年2月5日なので一部現状と違うところもあるが、内容はさほど古くなっていない。

国と銀行が低金利(当時ゼロ金利)の政策と国債の過剰発行によりローリスクで自分の身を守りながら、一般投資家を刺激することで市場にお金を回す方策がとられているのは本末転倒であると批判する。プロと素人が株の投資で争えば素人が損をするのは当たり前で、それを自己責任などといいながら国は庶民にとってハイリスクの社会を作ろうとしているという。

ちなみに低金利(2000年8月までゼロ金利)により一般民間人のもらえるはずだった利息192兆円もあるそうだ。それが銀行、企業に移転される。低金利で金を預けることが銀行への「所得移転」なのである。さらにアメリカへと金が流れているそうだ。

規制緩和の実態は弱肉強食の世界、「剥きだしの資本主義」であり、所得の格差をますます広げていくだけと、著者はアメリカ型の悪しき資本主義を批判する。自然災害時の対策も社会インフラの整備ばかりでそこに働く人の生活はよくならない。それは生産ばかりを優先し、生活をないがしろにする政治のあり方に問題があるからだという。

前半部分に関しては経済アナリストの森永卓郎なども同じことをよくテレビで言っているが、確かにその傾向は強まっている。非正社員の増加と差別給与体系などはその際たるものだろう。一部労働者の奴隷化がまちがいなく進んでいる。つまり規制緩和が企業に有利なように作用しているのだ。今は雇う側の自由ばかりが拡大している。そこには労働者の権利と人権を守る規制が必要だ。

消費者は無駄な浪費をせずに生きることを選びつつあるのは賢い選択だ。効率よりも安全安心を選びつつあることに希望を見出せる。たとえば遺伝子組み換え野菜を買わないことでアメリカ政府の方針を転換させたのは消費者の利益を求める行動であると著者は高く評価している。

一般消費者の消費動向もそれなりに力を持つだろうが、志のあるNPOとかNGOの活動が活発化することで社会がいい方向に動く可能性はあるのだろう。政治家や企業にお任せではよくなることはないように思う。

これからの日本は浪費をせず、生産と生活が一致した社会を作らなければならない。そのモデルとしてデンマークやドイツをあげている。デンマークは高いエネルギー自給率、生活者にとって公平なワークシェアリングを実現している。ドイツは住宅費を安くするための政策が取られている。

デンマークのエネルギー政策とワークシェアリング、スウェーデンの福祉、ドイツの住宅政策は見習うべきところが多いようだ。アメリカばかりを向いていてはダメだろう。

さらに著者は自給自足圏の形成という構想を語っている。いいかえれば、「持続可能な地域社会」である。そこではF(食料)とE(エネルギー)とC(ケア)の地域内自給が行なわれる。著者はこれをFEC(ふぇっく)と呼んでいる。

ひとつの理想であるとは思うが、そこまでやる必要があるかどうかはわからなかった。すべてを地域の中でやっていくには条件がそろわない地域もあるだろう。やはり地理的条件の地域差は大きいと思うのだが。

これからの重要キーワードは「持続可能」だ。今のやり方は無理がある。いずれ破綻する。その典型がアメリカだ。そのことに気づき浪費社会ではなく、質素でありながら豊かな持続可能な社会をつくる。その方向に日本も進まなければならない。

経済学の話はこちらが無知なせいで理解ができないところがあったが、全体的な考えは同意できるものだ。経済学者が日本の政治経済への全体的な批判を試みる本は始めて読んだような気がする。もう少し経済学を知らないといけないなと反省もした。

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2005年03月29日

書評:東京修学旅行ハンドブック

『東京修学旅行ハンドブック―学び・調べ・考えよう』(編集:東京都歴史教育者協議会,出版社:平和文化)

反戦、反体制姿勢が濃厚な教育者たちによる修学旅行ハンドブック。平和主義だが反資本主義的ではない。

薄い本なのに旧石器時代から現代まで扱っているが、半分以上は明治維新以降のネタ。それでも東京という都市の性質がわかってなかなか参考になる。日米安全保障条約と靖国神社に対する敵意が強いのが印象的だった。

驚いた話をいくつか拾っておく。

氷河期の平均気温は現在より7〜8℃低かった。そのころの東京は現在の尾瀬のような気温だったそうだ。氷河期といってもそんな程度なのかと驚く。約6千年前には今より数度気温の高い時代もあったともいう。

そこで考えた。氷が解けたり凍ったりすることで、海の水位が大きく変化するわけだから、人間による温暖化を避けえたとしてもやがて自然に地球が暑くなって東京の大半が水没するのは避けられないことになる。自然に日本沈没。

昭和天皇が戦争継続を望んだという話がでてくる。1945年2月14日、近衛文麿元首相が和平を提案したところ、天皇は「もう一度戦果を挙げてからでないと中々話は難しいと思ふ」(『木戸幸一関係文書』東京大学出版会)とのべたという。その後、日本は東京大空襲を含む多くの空襲、沖縄戦、原子爆弾投下の悲劇にさらされることになる。

にわかに自分の中で天皇の戦争責任論が浮上してきた。戦争は軍部の横暴によって進められたものとの思い込みがあったが、この発言を読む限り天皇の関与は大きそうだ。さて、詳細はどうなのか。

忠犬ハチ公の美談は捏造だったと林秀彦が書いている…。「実はあのハチ公、僕の親父の捏造モノガタリなのだ」「渋谷駅のまん前に焼き鳥屋の屋台があり、ハチ公はいつもこの客が投げ与えるオコボレが目当ての通勤だった」(「父がデッチあげたハチ公伝説」『新潮45』1987年9月号)。そういえば、どこかで聞いたことがあるような気もする。

なぜこの話がこの本に引用されているのかといえば、ハチ公の美談は『修身』の教科書にとりあげられていて、天皇への忠誠心をそだてるために利用されていたからだ。このような美談の捏造もするのが軍事体制なのですよ、という警告のつもりだろう。

軍国主義のことはおいておくとしても、ハチ公が実際に飼い主の上野英三郎博士の送り迎えをしていて博士の死後も続けたなら、それはそれで美談としての意味はあるだろう。問題はどの程度の捏造なのかということだが、詳しいことはこの雑誌を調べなければならないだろう。

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2005年03月28日

書評:ひと月、百冊読み、三百枚書く私の方法 2

 『ひと月、百冊読み、三百枚書く私の方法 2』(著者:福田和也,出版社:PHP研究所)

ちょっと前に紹介した『ひと月、百冊読み、三百枚書く私の方法』の続編。読むことについての記述はなく、書くこととデジタルツールの使い方への言及が中心だ。前作に比べるとより実践的で重要なことを出し惜しみせずに書いている印象だが、相変わらず普通の人には実践が難しいことが多い。

書くことが上達するには、より上のレベルを目指して悩み、苦しむことが重要で、そのためには自分がどうしても書きたい大きなテーマを持てという。しかもそういうテーマに出会うことは難しいともいう。その通りだろう。そういうテーマを提示できるのはよい編集者だとも言う。そんな編集者に出会う可能性がゼロの普通の人はどうすればいいのか。

面白いかったのはコラムの書き方を紹介しているところ。コラムには、情報、分析、解釈、価値の4つの要素がある。最後の価値は読んで人に行動を起こさせることだという。たとえば、その映画を見に行く、とか。ブログでコラムを書きたい人には参考になるのではないだろうか。しかし、分析と解釈の違いがわかりにくい。解釈は主観であり、分析で作られた文脈に意味を与えるというのだが。

パソコンはノートパソコンを2台使っていて、一台が執筆用で、もう一台で資料を表示するような使い分けをしているそうだ。辞書や辞典のCD-ROMを大量にインストールしていて、インターネットの検索よりもこちらを使っているという。インターネットは校閲がなされていないし、無駄な情報も拾ってしまうからというのがその理由。たしかに評論の参照用としてはインターネット不適格だろう。

他に理想のデジタルカメラを求めての購入遍歴、音楽をパソコンに入れて楽しむときに選択を迫られて自分の意外な好みがわかった話など、体験者なら共感できる話が随所に出てくる。

書くことに興味があればいろいろと刺激を受けるだろう一冊だ。
  

2005年03月27日

書評:東京古本とコーヒー巡り

『東京古本とコーヒー巡り 散歩の達人ブックス 大人の自由時間』(編集:交通新聞社第1出版事業部 ,出版社:交通新聞社)

写真をたくさん使った紙面構成で古書店と珈琲屋を紹介している。神田神保町が多いが、他の地域もあちこち紹介されていて、古本屋めぐりの参考になる。

ここで紹介されている店を見るとなかなかいい雰囲気で寄ってみたくなるものが多い。

最近類書がたくさん出ているが、なぜだろう。オンライン古本屋書店が増えているし、個人でオークションやアマゾンで販売している人も多いようなので、その影響か。昨年だったか、古本屋と古い珈琲店が登場する「珈琲時光」という映画が公開されているし、なんとなくそういう流れがあるのかもしれない。

別記事で書いたように私は図書館派だけど、これからは古本屋もなるべく見てまわろうかと思案中。で、読んだらオークションなどで売ってしまえばいい。本はいちいち買っていると増えて困るのだ。

本の感想がほとんどないな…。

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2005年03月22日

書評:健康ブームを問う

『健康ブームを問う』(著者:飯島裕一編著,出版社:岩波新書)

医療問題に詳しい信濃毎日新聞社編集委員の飯島裕一が「健康」をテーマに7人の専門家にインタビューしたもの。マスコミの流す目に付きやすい情報や無責任な口コミには気をつけなさいという啓蒙的な内容だ。

面白かった発言を拾ってみる。

最近はインフォームド・チョイスという考えがあるそうだ。「医師が包み隠さず説明して、患者が自らの意思で治療法を選択する。医師は選択を尊重して、十分なフォローをする」ということ。インフォームド・コンセントからさらに進んできているということらしい。実現しているのはごく一部の医療機関だろうと思う。

アメリカの医師会が「民間療法を正しく判断する手引書を出版」したそうだ。いい面と悪い面が書いてあり、あとは自己責任でという態度がアメリカっぽいという。

日本で結核が減ったのは結核検診やBCG(結核の予防接種)のおかげではなく、日本人の栄養状態がよくなったからだそうだ。イギリス、ドイツ、フランスでは抗生物質もBCGもない時代に結核は減っているし、現在でも栄養状態が悪い地域は結核が多いという。このように因果関係をつきとめるのはむずかしい。私たちは医学のおける嘘を信じていることが多いみたいだ。

炭水化物が何%、たんぱく質が何%という食事のバランスはなにがいいのかは本当はわかっていないそうだ。

アトピーの原因論について。「清潔になり寄生虫がいなくなったため」という説を否定している。この本では排気ガス説のほうを支持している。清潔原因説は最近私も雑誌「ウォーキング」で目にした。最新の考えであってもはっきりと結論が出ていないものは簡単に信じない方がいいのだろう。

睡眠は脳の疲労回復に必要だそうだ。短時間睡眠は障害が起こるとか。子どもの夜更かしに警告していた。

最近の睡眠薬は「多量に服用しても自殺できないほど安全になっています」とのこと。自殺予定者は別の方法を考えなくてはいけないということか。それで七輪で練炭を燃やす自殺が増えているのだろうか。

たんに寿命を延ばすだけでなく、健康寿命を延ばすことが大切だという。健康寿命にはいろいろ定義があるが、日常の基本動作において自立して暮らせる期間だという。

「日本人は痴ほうを抱えて暮らす期間が欧米に比べて長い」そうだ。その理由は日本人には脳血管型の痴ほうが多いからだという。アルツハイマー型の発生率は同じくらい。さらに脳血管障害は「寝たきり」最大の原因疾患だそうだ。

「まず、脳血管疾患を招く高血圧、高脂血症、糖尿病、肥満を予防することです。さらに、これらの病気の危険因子は、塩分の多い食事、喫煙、運動不足なので、それに注意しよう…」最近、よく言われている生活習慣病の予防がやはり本道のようだ。

最後にけっこうショックな話をひとつ。「緑黄色野菜に含まれるβカロチンには、がん予防効果が期待されブームになったことがあります。しかし、数万人規模の臨床試験がアメリカとフィンランドで行なわれた結果、βカロチンの錠剤を投与された人たちに、がんが増えていることが分かりました。βカロチンは、市場から消えていったのです。しかし、このような厳密な臨床試験を受けていないものが他にも多数みられます。」

ここで言っている市場とはサプリメントの市場だろう。それにしても科学的に正しいと思った健康知識がこうも簡単にひっくり返されるのを見ると何を信じていいのかわからなくなる。厳密な臨床試験を受けたかどうかなんて素人にはわからないのだから、どうしたらいいのだろう。一時期、老人は肉を食べない方がいいという説もあったが、今は逆を言われているし、本当にわからない。

科学の特徴に反証可能性というのがある。反証の可能性があるということは科学の仮説はつねに暫定的仮説だということだ。たとえれば学説はスポーツの世界記録のようなもの。新記録が出れば過去の記録の栄光は失われる。だから、信じる信じないという性質のものではない。つまり、自己責任でどうぞ…。
  

2005年03月21日

書評:図書館に訊け!

『図書館に訊け!』(著者:井上真琴,出版社:ちくま新書)

必要な文献、情報にいかにしてたどりつくか。その方法を大学図書館に勤務する著者が詳しく説明してくれる。

中心となるのは図書館のレファレンスサービスの利用方法の解説だ。どうやって文献や情報を探すのか一般的な手法と具体例で解説していてわかりやすい。じつに様々なレファレンスブック(参考図書)があることや百科事典は索引の巻から調べるものだということをはじめて知った(なんとなく聞いたことがあるような気がするが…)。

 本書を読めばある程度自分でも調べることは出来るようになるのだが、やはり図書館員はプロなので効率的に調べる方法を知っている。勇気を出して相談してみるのがよさそうだ。

近くの図書館にない資料がどうすれば借りられるのか、コピーできるのか。電子情報にはどんなものがあるのかについても書かれていて、これ一冊でほとんどのことがわかる。

購入図書の選定方法、目録(書誌情報)の作成についても書かれていて、図書館の仕事の中身がわかって面白い。目録の作成は図書館の中でも選ばれた人だけが出来るレベルの高い仕事なのだそうだ。

おすすめの一冊。

ただし、「面白い本」を探す方法ではないので、ご注意を。
  

2005年03月18日

書評:ひと月、百冊読み、三百枚書く私の方法

『ひと月、百冊読み、三百枚書く私の方法』(著者:福田和也,出版社:PHP研究所)

人気評論家の知的生産の秘密が書かれている。

読むのは必要な書籍のみ。目的をはっきりさせて必要な部分しか読まない。だから、月に百冊いける。もちろん著者は読むのが速いのだろう。

効率よくするには目的がなければならない。著者の場合は執筆のため、研究のため。一般読書人はあまり目的がないので、真似をするならテーマを決めて読むということか。

あれこれ手帳を持つのではなく一冊の手帳にすべて書き込むらしい。この手帳に読んだ本の必要な箇所を書き写す。一度目の読みでページの上の耳を折り、次に折ったところのみを読みやはり必要だと思えばページの下を折る。そして手書きで書き写す。手書きがいいのは書かれている内容の理解が進むからだそうだ。

この上下の耳を折る本読み術は他でも読んだことがある。誰だったか思い出せない。

他に情報を得る方法、本の書き方などいろいろとノウハウを公開してあるが、自分が面白かったところを紹介する。

評論の文章には「描写」「情報」「エピソード」がある。この3つの要素をどう進行させ組み合わせるかで作品の構造が決るという。なるほど。

小林秀雄の文章のわかりにくさは論理の飛躍(省略)があるからで、しかもその飛躍を読者に感じさせるように書いている。だから読みにくいのだという。非論理的ではない。小林のへの評価は小谷野敦とは逆だ。

本のテーマは簡単に言えるようなものではない。書きたいことは単純ではないという。テーマは一言でいえないとダメだと書いてある本があるが著者は逆を言っているのが印象的だった。

全体として役に立つかどうかと聞かれると、あまり役に立たないと答えるしかない。自分はもっと漫然と本を読んでいるからだ。量産タイプのプロの書き手はこうやっているのか、という興味で読むなら面白い。

気になったのは本書が一文で改行して段落を作っていること。このあまりにも露骨な行数稼ぎがまさか私の方法ということではないだろうな。

IT機器への言及があまりに少ないし、触れていてもややネガティブであるようだ。と思ったら、本書の続編ではIT機器の活用について書いてあるらしい。IT機器抜きでの読み書きはもはや非現実的だ。この著者がどんな活用をしているのか興味がある。
  

2005年03月13日

書評:若さの秘訣は歩き方にある

『若さの秘訣は「歩き方」にある―一万歩歩かない人は早死にする』(著者:富家孝,出版社:大和出版)

題名に惹かれて読んだのだが、歩きに関する話は半分程度でそんなに多くない。内容も一日一万歩を歩きましょうという普通の話だ。ちょっとがっかり。

健康全般に関する雑談集といった印象だ。著者は新日本プロレスのリングドクターも勤めているのでそんな話題が出てきたりする。たとえば、格闘技の強い選手は握力と背筋力が強い、とか。

健康に関する知見はひっくり返ることが多いので、新しい情報の飛びつくことはないそうだ。食べ物も内臓の一部にいいことが他の内臓にはよくないこともあって、一部の情報だけで判断するのは危険だとか。

そういえば、最近、小太りの方が長生きするとか言われているが女性に関しては嘘だ。標準体重のほうが若干死亡率が低い。男性は小太りが長生きの傾向があるが、当然ながら健康状態を仔細に見ないと体重だけで判断するのは危険だ。

今まで心理学や精神医学系の本はよく読んでいたけれど、今年は健康、医学関連の本を読む予定だ。そのウォーミングアップの一冊。
  

2005年03月12日

書評:江戸の遊び方

『江戸の遊び方―若旦那に学ぶ現代人の知恵』(著者:中江克己,出版社:光文社知恵の森文庫)

『江戸の歩き方』と同じ著者によるもので、江戸時代の人々の楽しみのあれこれを紹介している。内容は「遊山」「ガーデニング」「ペット」「スポーツ」「イベントと娯楽」「知的な遊び」「悪所通い」となっていて、趣味道楽全般をひろくあつかっている。

以前、『江戸の道楽』(棚橋正博、講談社選書メチエ)という本を読んだ。こちらは園芸、釣り、学問と絞り込んでそれぞれ詳しく書かれていて面白かったが、この『江戸の遊び方』もそれなりに詰め込まれた知識が多くて楽しい。「へえ」という小ネタも多い。たとえば、中村座と浅草の関係、花火における玉屋鍵屋の関係、川柳の成立事情、相撲の番付に蒙御免と書いてある理由など。

とりわけ面白いのは「悪所通い」の吉原遊郭をあつかっているところ。花魁という贅沢な存在と揚屋遊びの制度は一時的な盛り上がりを見せたが景気の後退にともなって消えてしまったそうだ。

遊郭についての本が読みたくなった。
  

2005年03月10日

書評:かもめのジョナサン

『かもめのジョナサン』(著者:リチャード・バック ,翻訳:五木寛之,出版社:新潮文庫)

1970年代の世界的ベストセラー。

ジョナサン・リビングストンという名前の「かもめ」は飛ぶことが好きだ。ジョナサンは速く飛ぶこと、低空で飛ぶこと、少ない労力で飛ぶことなど様々な実験を繰り返す。普通のかもめはただ食事を得るためだけに飛ぶ。そんな普通の生き方に疑問を抱き、自分の道を進むジョナサンは群から追放される。

追放され、ひとりで飛ぶことを学んでいたジョナサンのところに迎えがやって来る。そしてジョナサンは次の世界へ行き、究極の飛びを追及する生き方があることを知る…。その究極の飛びとは「今ここ」にあること。そしてジョナサンは後進を導くことの意義に目覚める。(全部紹介するなよ〜)

以前紹介した『弓と禅』に似た世界観だ。つまり禅的。それを寓話にして伝えたのがこの小説ではないだろうか。この手の主題に関心があり、本も読んでいる人には新鮮味はないかもしれない。逆にこういう主題について無知な人はすごい本だと大いに感動するだろう。そんな位置にある本だと思う。

五木寛之が解説で本書に対する懐疑的な気持ちを披露していたのが印象的。五木氏は浄土真宗の信者だから、禅のような自力思想には抵抗を感じるのではないだろうか。五木氏はこの物語のエリート志向に胡散臭さを嗅ぎ取り、神秘主義的な面に懐疑を表明する。そこからは民衆とともにいる他力思想VS民衆を離れた自力思想という構図が見えてくる。

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2005年03月02日

書評:江戸幻想批判/小谷野敦

『江戸幻想批判―「江戸の性愛」礼讃論を撃つ』(著者:小谷野敦,出版社:新曜社)

書き下ろしとすでに雑誌に発表された評論を集めた評論集。

第一部の『「江戸幻想」の諸相』では、佐伯順子の『遊女の文化史』を中心に、江戸時代の性は開放的でよかったとまとめてしまう「江戸の性愛」礼讃論の誤謬を指摘する。すでに紹介した2冊の内容を詳しく知りたい人向け。佐伯だけでなくいろいろ人をとりあげて批判しており、学者もいい加減なものだということがわかる。

また、内容が間違っていようが質が悪かろうがブームに乗って原稿を欲しがる出版社の姿勢にも読者は警戒しなければならないことも知る。

第二部の『近世文化の諸相』では、歌舞伎、演劇、滝沢馬琴をとりあげている。テーマに関心がなければまったく面白くないだろう。私? 激しく退屈しました。

小谷野氏は『バカのための読書術』で歴史を学ぶことをすすめていたが、本書では中途半端な学び方ではかえっておかしなことを信じることになることを示したわけで、バカには歴史を学ぶのも難しいということになる。結局、『バカのための読書術』の主張には無理があるということでよいか?

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2005年03月01日

書評:江戸の遊歩術

『江戸の遊歩術―近郊ウォークから長期トラベルまで』(著者:中江克己,出版社:光文社知恵の森文庫)

このブログのテーマと関係深い一冊。江戸時代の散歩がどんなものだったのか知りたくて読んでみた。

どうやら江戸時代には散歩という言葉はなかったようだ。手元の「養生訓」にも歩行という言葉が出てくるが散歩とは書いていない。やはり散歩とか漫歩は新しい言葉なのかもしれない。幕末にオランダ人教師が長崎を散歩しているのを見て、勝海舟が真似たという話が紹介されている。興味深い。

名所旧跡を巡るのは遊歴、気晴らしの外出は遊山という。見物して遊びまわるのが物見遊山。日本人の散歩をめぐる言葉はそんなところか。

本書の前半には何人かの散歩好きが紹介されている。彼らの多くは隠居後に遊歩の楽しみにどっぷりつかった人たちだ。驚くことに彼らは長距離を歩く。日帰りで数十キロを平気で歩いている。現代人とはあまりに隔たりのある健脚ぶりだ。もっと歩けるはずだと自分を勇気付ける内容だった。

後半は泊りがけの旅行として温泉旅行(湯治)やお伊勢参りなどを紹介し、旅の心得にも話が及ぶ。

江戸時代の寺社参りは旅行のための大義名分であったそうだ。徳川幕府の圧政下の管理社会にあって人々が自由に動き回ることはできない。関所を通る通行手形を発行するにもそれなりの目的を必要とする。そこで大義名分として利用されたのが寺社めぐりや湯治だ。そういう名目を立てれば旅に出ることができる。実際は他の場所をめぐるにしても、目的は寺社めぐりとしてあったそうだ。

旅行に出るためにお金を積立てる互助会の「講」、お伊勢参りの旅行業者の「御師」。旅行が庶民の楽しみとして大きな存在であったことがわかる。

日常世界を脱する「おかげ参り」の存在など興味深い記述もあるが、このあたりの民衆の抑圧と解放をめぐる話題は専門的に扱った他書で読むのがよさそうだ。
  
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